2006.03.30 不来方
盛岡市の中心部に、「不来方(こずかた)橋」が開通した。

片側4車線に対して、対向車線が2車線という不自然さに加え、
明らかに事故を誘発するような、おかしな角度の道路接続。
冬はスリップ間違いなしな気候を勘案してるのか。

しかも、よく言えばシンプル、
悪く言えば面白みのないデザイン。
往年、名を馳せた街づくりの面影なし。
はっきり言って、つまらない橋である。

「不来方」と言えば、
石川啄木の「不来方のお城の草に寝転びて・・」が浮かぶが、
ずいぶん文学的な名前をつけた割には、全くセンスの無いもの。
こういうところに付加価値を与えようっていう感覚が無いのかね。
何しろ、「不来方」って「二度と来ない」って意味らしい・・。

こんなことやってたら、
誰も来なくなるよ、ホント。
もっとよく考えろよって感じ。
2006.03.24 無駄金
「ふるさと」でやっていけるのか、いよいよ心配になっている。

何しろ全て勝手が違い、物事を進めるのに時間が掛かる。
選択の幅が狭いから、嫌なら違うの使えばいいじゃんってわけにはいかない。
文句は自分の中で不完全燃焼。
クレームって言えば大げさだけど、オーダーするとびっくりされちゃうんだよね。
それ自体に、こっちがびっくりされるわけ。
客の意見とか要望って、むしろ経営改善には必要なんじゃない?

次長、疲れがひどい時にマッサージに行くんだけど、
ここのレベル低下が著しい。
なにげに少しずつ値上げ始めてるし、
それはともかく静かに時間の短縮を始めてるわけ。(笑)
よくわかんないけど、足湯で時間稼ぎされてみたり、
ただただ背中さすられてみたり、まったくイイカゲン。
それでも誰も文句つけないんだろうね、田舎は。
それじゃ全然ダメですよ。
こっちはお金払ってるんだからさ。

一方で、良心的なところもちゃんとあるのが救い。
安いのに誠実さと丁寧さが感じられる。
若い人で、どうやら足にハンデがあるらしくて、
そんな人に足のマッサージをお願いするのは心苦しいところもあるんだけど、
でも本当に疲れが取れるし、ありがたい話。

それを知ったのは幸運なことで、
多くのユーザーはそういう情報を知らずに
無駄金払ってるんだと思う。
ダメなものはダメって言う意思を、田舎こそ行動で表さないとね。
2006.03.18 町興し
町おこしって言葉がありますよね。

これって、都会ではあんまり聞かない。
なぜって、町が興されすぎてるから。
ある程度のお金はあるし、敢えて地域を振興する必要が無い。
経済的な繁栄を礎に、それ以外の価値観を高める目的では、
やろうと思えば、かなりいいことが出来ると思うんだけど。

田舎へ行くと、必ずそういうキーワードがあって、
名物じぃちゃんとか名物おばさんが
お祭り仕切ったり、商店街束ねてたりする。
それはそれで、結構上意下達の弊害があったり(笑)、
新しいことが出来なくて、比較的若い人は苛立ったりするのが世の常。
でもまだ、これは健全なほう。

完全に行動力では都会人の方が勝ってるから、
田舎の人って都会人のさばけた感じとか、
臆せずものを進めるやり方に、違和感感じちゃうんだよね。
っていうのは、自分が両方の感覚を持ってるから、
学校行事でそういう場面が出てくると、
そう感じることが出てくる。

「なんでこんなに段取り悪いんだろこの人」
とイライラすることがあれば、
「ああ、そんなに先立ってやると地元の人に嫌われるよ」
とついつい要らぬおせっかいを。

どこかで歩み寄らなきゃいけないんだけど、
そういうのって、言葉にするの勇気が要るんだよね。
2006.03.15 英語力
英語力が、全国最低ラインらしい。
そんな岩手県の学力実態は、昔とあんまり変わらないんじゃないかと思う。

どういうわけだか、英語の授業時間数が他県より少ないって言うし、
それを改革しようとも問題視しようともしない大人が大勢いて、
そういう情報を放つことも受けることも出来ない状況があって、
気がつけば全国一位ですよ。後ろから。
親が意識しないと、子どもは何も知らずに育っていく。
究極の学力差がここで生まれる。
親の収入で学歴が決まるなんて世間は言い始めてるけど、
親の意識とか情報収集力とか判断力とか、
それが子どもに反映される点では危機的状況。
競争が表立って見えない田舎のほうが深刻だよ。
何を今さら。

岩手県に英語は必要じゃありませんって、誰かが言ったの?
こういう他県との差って、何を基準に決められるのか分からないけど。

必要性で言ったら、岩手に居て英語が必要な場面って、少ないと思う。
外国人が少ないし、英語の得意な先生ってあんまり記憶に無いし(笑)
海外旅行に行く人も、実際少ないよね。
所得格差の問題も、そこにはあるんだけど。

必要に迫られれば必要、っていう観点からすれば、
岩手県にずっと住み続けることを前提とした政策なわけで、
人口流出防止のために、英語教育に力を入れてないのかな、
なんて穿った見方も出来る。
だって、進学率が向上して県外に出られるとまずいでしょ、岩手県にとってみたら。
それなら北上で自動車造って貰ったほうがいいんだろうし、
そのために工業高校の定員増やしたんだってね。
これには驚いた。岩手県て、そこまでするんだって。
だって、世界の○○○とはいえ、民間企業ですよ。
民間企業のために自治体が教育機関を動かすって凄い事。
たまたま北上に生まれたら、そういうレールが多く敷かれてるわけ。

そういう柔軟性を、他にも是非生かして欲しいですよ。

本題に戻ります。
英語力が低い中で、岩手県民が英語圏の人と恋に落ちたとする。(笑)
ここで足かせになるのは、岩手県の教育レベル。
愛を語るためにその人は英語を猛特訓するだろうけど、
基礎学力って、やっぱり大事なんだよね。
もう、岩手県を恨んでも恨みきれない。
生まれる場所は選べないんだもの。
失恋したら、もう県を提訴だね。(大笑)
いや、アメリカならありうる。(爆笑)

転勤族が悩むのはそういうところで、
学力の差は勿論だけど、教育の差は歴然だから、
そうそう簡単に家族総出で引っ越すことも少なくなった。
都会と田舎の差は、もう歴然。
いくら優秀な子でも、環境が良くなければ能力は伸ばせない。
そういう感覚が、まだまだ田舎には無いんだよね。
頑張ればナントカなる、要は個人の努力の問題だ、と。
いや、そんなこと無いんだよね。
あんまり能力が無くても、環境が良ければ何とかなることも多くて、
そういう意味で、田舎ってまだまだ不利な状況にあると思う。
県レベルで問題があるなんて、子どもにはあずかり知らぬ事ですから。

盛岡の学校で習った英語の発音が、
随分実際とは違うんだって知ったとき、
今まで勉強してきたことってナンだったんだろう?って
ホントに思ったね、次長。
2006.03.14 余所者
余所者(よそもの)に見られることが多い。

何がそう見えるのか分からないけど、
「外から来た人」に見られているのが、痛いほど分かる。

「盛岡は寒いでしょう?」
「盛岡にはじゃじゃ麺っていうのがあってね」
「冷麺はもう食べました?」

実際に「外」から来たことに変わりないんだけど、
「盛岡出身なんです」って言えない雰囲気。
言っても信じてもらえなさそうだし、
むしろガッカリされそうな雰囲気が見えて。(笑)

多分、言葉が違うんだと思う。
不思議なもので、東京弁はたいしたこと言って無くても説得力を持つ。
対して、盛岡の言葉って、物が言いにくい。
語尾を曖昧にして誤魔化しちゃうんだよね。
それって、相手に対する思いやりだと思うんだけど、
結構誤解のもとになるみたい。「外」の人にとっては。

次長にとって、どちらが有利かといえばやっぱり前者で、
何となく言い切った爽快感が駆け抜ける。
あくまでも、自分の満足度の問題だけどね。

もっと物が言いやすいのは、大阪弁。
はっきり言ってるんだけど、お断りの台詞が決まってる。
「考えときますわ」
こういうとき、ずっと待ってるのはNG。
ある意味で、これも優しいと思うんだけどね。

YESかNOかを言うのって、本当に大切なことで、
「言い方」が大きな壁を作りかねないから、気をつけるようにしてる。
でもね、かなり冷たく聞こえるらしいんだ、次長の言い方。

とある全国区の大企業の、盛岡支店に勤めてる人で、
敢えて盛岡出身だって言わない人が居るんだけど、
なんとなく、気持ちが分かるんだよね。

余所者でいたほうが、割と気楽なことが多い。
ここ最近、そう感じてきました。