2006.04.30 我が子
うちに、幼稚園の子がいるんだけど。

どんなことやってんのか訊いたら、驚いた。
「新幹線のうた」でおゆうぎやってんだって。

それがどんなのかって、
あれですよ、J●東日本のキャンペーンソング。

具体的に書かないけど、
東京に行きたいから父ちゃん母ちゃん連れてってって内容。

おいおい!

一企業のキャンペーンソングで踊らせんなよ、と。
そりゃ、一企業の思うつぼですよ。

あれは確か戦隊ものみたいなキャラクターがいて、
明らかに子供向けなんだけど、
それを率先して使う幼稚園って、どうかしてない?

それとなく言ったんだけど、
先生は何とも思ってないんだよね。
ああそうですか。そうですかね?考えすぎじゃないですか?
って感じ。まったくさ、問題意識なさすぎだよ。

どういう教育受けてきたのかわからないけど、
いろんな価値観を知るべきでしょ。

商業活動に我が子が使われるのはいたたまれない。
しかも、それに誰も気づいたり反応しないってのが、
本当に信じられないんだよね。

2006.04.28 閉鎖性
盛岡っていうところは、ホントに閉鎖的な所で。

何かっていうと、
「内」「外」に分類したがる傾向が強いんだよね。
外から来るものを、「外圧」と言って憚らない。
どこもかしこも考えられない話ばかり。
これにはガッカリしてる。

岩手県全部が閉鎖的かって言うと、そんなことはなくて、
盛岡以北にその傾向が強い。
いつまでたっても、何も変わらないし、
変えようっていう気概も弱い。
ごくごく一部で、粛々と進んでゆく感じ?

ただ、うちらみたいな企業がこういう地域で生きるには、
「内」の人との提携っていうのが一番正しいわけ。
おかしな話だけど、「合弁」だよね。
外国に取引に来てるのと、根本が変わらないから。

ただ、ずるいところでもあるんだけど、
こういう組織って言うのは、
何かトラブルがあると、「内」の人同士で議論させたり、
「内輪モメ」として解決を図るんだよね。
そうしないと、絶対に解決しないから。

どことは言わないけど、
盛岡じゃそういう企業体の動きが目に付くね、最近。
自分たちの目的は確固としてるんだけど、
摩擦を起こしたくないから、地元の人間を使って収めさせてる。
一応、形式上は話を聞くふりをして、
実際の落としどころはもう、見えてるんだよね。
地元の要望とか、全く聞いてないし聞くつもりなんてないのが丸分かり。
民主主義を貫いているように見えて、議論が成熟したら美味しい果実をすべて頂いちゃう。
それまでのプロセスは「内」で解決させてるから、
「外」はそれに従ったまでですよ、という計算。
「内」の人は、それに気づいてないわけ。

うちらの生活を良くするためなら、いくらでもお手伝いしますよ、
という善意につけこんで、それを利用してる。
仲良くなっちゃうと、田舎の悪いところで途中で引き下がれない。
「誰々とは酒飲んだから、まあいっか」
で、異論があるのに主張を曲げられなくなる。
そういうの「馴れ合い」なんだけど、
そんな馴れ合いに弱い地方は、足元見られてんだよ。

それに比べたら、うちらは善良な企業市民だよなぁ。(笑)

僕がここに派遣されたのも、
そういう企業戦略の一環なんだと思うけど、
上述の某企業体と違うのは、徹底的に地元を調べ上げてること。
カジュアルな服を着た戦闘員だらけの『そこ』に比べると、
地元に利益を上げてもらうし、目に見えない影響をも勘案してる。

穏やかな協働歩調は、
やみ雲に攻めてくる「外圧」に見えないから、
盛岡の人たちは心を許してるんだと思う。
でもさ、そういう「外」のほうが怖いんだよ。
だから違いを見極めるためにも、常に外に対して目を開いてなきゃダメなんだよ。

「ここで稼がせでもらいまっせ!」
…っていう企業の方が、よほど毒がないんだけどね。
2006.04.25 高校閥
どこにでもある話なんだけど、
地方って「どこの高校出身か」が重要だったりする。

で、特定高校の出身者だけが固まるコミュニティが健在で、
それが同窓会なんて生易しいものじゃなく、
「同窓」って言うだけで、ずっと繋がりあってるわけ。
結局、それが日常仕事でも飲みでも、
ずっと尾を引いてるんだよね。

岩手で一番びっくりしたのは、ゴルフコンペ。
同じ高校出身者同士で組まされたりすることがある。
いい歳して、高校対抗。
それだけバラエティに富んでるってことなのか、
いわゆる「上位校」出身者の満足を目的としてるのか、
正直言って、理解に苦しむんだよね。

同じ高校出てるってことは、
共通の話題にはなるかもしれないけど、
だから何?ってことも多いわけ。
いつまでもそれだけに固執して生きてるのもどうかと思うし、
そういうコミュニティのなかでしか
生きてない人たちなんだな、って気の毒に思う。

だいたい、岩手出身じゃなかったらどういう扱い受けんだろ?
よそ者はいつまでもよそ者同士でやってくれ、
っていう意識がそこには見えるんだよね。
こういうところが、「よそ者」には「排他的」に見えるんだけど、
当事者たちは全くそんな意識なし。
意識がないから、罪がないかといえば
そんなことないんだよね。
知らない法律でも、犯せば立派に罪だから。

「岩手でしか通用しない応援歌練習の話題」とか、
「はるか昔の偉人になった卒業生の自慢」とか、
嬉々として話し続ける人たちにウンザリ。
別にいいよ、話すこと自体は。
でもさ、終始一貫それで占められると、こっちもつらいよ。
そういう人たちと「同じ仲間」って思われることが。

定年も間近に控えたようなオッサンが、
東京での寮生活の話をふってきて、
やっと話題も変わったかと思えば、
「私なんか田舎の●●高校の出身だから、××高校出身の■■さんなんか見ると、劣等感感じたもんです」
って何年前の話だよ。よほどつらかったんだろうけど。

そんな難関大学出てんのに、
今も昔も劣等感なんて感じる意味がわかんないんだけど、
よほどこの「高校閥」ってのが田舎をダメにしてんだな、と思ったよ。

いまだに盛岡に「中学浪人」ってあるのかな?
今じゃ考えられないよね。
2006.04.20 貸金業
某消費者金融の営業停止ニュースを観て、思うんだけど。

取立てが酷いから許せないって、そんなのアリですか?

借りたものは返すのが筋だし、
返すべき日までに返すのが当然だよね?
それは金だろうが物だろうが、
契約書があろうが無かろうが、
人として最低限の道なんじゃない?

ところがそういう流れじゃないんだね。
取り立て方が厳しくてつらい思いをした、
だからそういう人、会社は許せないっていう視点ばかり。

返すものも返さないで、それは話のすり替えだよ。
もし仮に自分が金を貸して返してもらえなかったら、
そりゃ督促もするだろうし、
それでも返せないって言われたら、
なんで返せる見込みが無いものを借りるわけ?って思うよ。

法定金利で金を貸してる会社が、
そこまで責められるって気の毒だよね。
じゃ、貸さなきゃいいの?
銀行がもっと簡単に貸せばいいの?
そういうことを考えさせられるね。

こういう、産業に乏しくて貧しい地域に住んでると、なおさら。
2006.04.07 食べ滓
久しぶりに盛岡に来て、
驚いたのは町が汚れていること。

昔話をしてもしょうがないけど、
昔は鋪道に「チューインガムの食べかす」なんてなかった。
あの、黒く円くこびりついてるやつ。

あれを剥がすのって結構大変で、
もんじゃ焼きのへらみたいな奴で
ガリガリ削っても取れるようなもんじゃない。

モラルが低下しているのか、
教育が悪いのか、躾がなってないのか、
解らないけど、とにかくみっともない。

この季節になると、どこの町でもそうなんだけど
「車道を平気で横断する奴」も目立つんだよね。
お前の田舎には、横断歩道も無いのか、と
心の中で笑ったりするんだけど。(笑)

「町のオキテ」っていうか、
マナーを守っていかないと、
そのうち色んなところで破綻していくよ。
だってさ、盛岡の人って口うるさく言ったりしないから、
お互いの遵法精神にかかってるんだよね。

歩きタバコも、ただタバコ燃やしてるだけだしね。
どうしようもないカッコつけが多い。

始末の悪い人間は、始末に負えない。

2006.04.03 熱視線
盛岡の人って、人をじろじろ見る傾向がある。

それって都会ではありえないし、
なぜかっていると「ガン飛ばしてんじゃねえぞ!」
って因縁つけられるのを避ける危険回避でもあって、
また「失礼」そのものだっていう認識があるからなんだよね。

でも、盛岡の人はじっと見る。
しかも目があっても逸らさない。
場合によっては、この人怒ってんじゃないの?と思うことさえ。
なんか、やな感じだな、と思うこともしばしば。

でもさ、これって
「知り合いなのに声掛けなかったらまずい」という
逆の意味での危険回避なんだよね。

いつも回りに知り合いが居て、
それが当たり前の生活を続けているから、
あえて目を逸らしてお互いのプライバシーを守ろうとか、
そういう方向性の優しさは芽生えないのかも知れない。

優しさの地域性って、困ったもんだよね。
2006.04.01 なまり
「地元暮らし」とは言え、
見えない壁が立ちはだかっているのが、判る。
どうも溶け込んでいない。
いや、溶け込みきってしまうのが良いのか悪いのかと言う話もあるけど、
少なくとも「拒絶」に近い感じを受けているのは、確か。

そんな話を鹿児島で働いている人に盟友にしたら、
「あんた、ちゃんと訛ってやってんの?」

あぁーーーーー。

なるほどね、そういうことか。
「外」との交流を避けてるわけだよね、「こっちの人」は。
避けてるというより、怯えてると言ったほうが正しいかも。
決してオープンではないこの環境から離れて、
そういう感覚を失っているんだよね。
で、次長自身、そこで生まれ育ったわけで。
もう、「こっち」でも「どっち」でもいいんだけどさ。

国籍取得に奔走、翻弄されている人のように、
次長は自分のアイデンティティを確立する毎日。
誰が良かれと思ったのか、
こんなに悩ましい人事をしてくれた職場が、
それ自体悩ましくて仕方ない。

田舎に帰りたい人が居れば、帰りたくない人もいる。
帰りたい人は大抵帰れないんだけど、
帰ってもしょうがないじゃんって人は帰る運命に。

田舎の全てを否定するつもりは毛頭無いんだけど、
こういう現実を見ると、
「外の人」になってしまった次長の気持ちは複雑。

もう、「精神的に内側の人」になるつもりは無いしね。
だって、あんまりメリットないじゃない。