2006.09.26 サティ
この9月、イオン盛岡南ショッピングセンターに生まれた「サティ」は、
市民に特別な感慨を持って迎えられていると思う。

マイカルの民事再生法適用後、実に全国で初めての開店。
サティを運営するマイカル、そしてイオンにとっても記念すべき店舗だ。

と同時に、一度は不採算店舗の一つとして閉じられた
「盛岡南サティ」が、場所を改めて復活したと見ている市民は多い。
経済にも暗いニュースが多い中で、これは大変に明るいニュースだ。

かつての「盛岡南サティ」は、盛岡市三本柳にあった。
開店当初は「ニチイ都南店」といい、当時、ここは紫波郡都南村だった。

ニチイは、出店構想が起きた当初、大変な反対にあったと聞く。
しかし、結果として「中心市街地に行かなくとも買い物が出来る店」として定着し、
事実上、旧都南村開発の起爆剤となった。
往年は、都南は盛岡市中心部よりも、夜が明るいと言われた。

次長も、ニチイには思い入れがある。
何しろ、盛岡にはこういう店があまりなくて、当時の都南村の人々は、
結果的にはニチイの恩恵を多分に受けていたはずである。
この地域の発展に様々な要因があるのは確かだが、
その有力な一つとして、ニチイ、そして後のサティは確かにある。

サティ都南店は、都南が合併で盛岡になってすぐに
「盛岡南サティ」となった。
旧都南村役場が、いまだに「都南総合支所」と旧村名をうたうのに、
サティは改名の対応が早かった。
都南の盛岡市への一体化を進めたのは、サティの静かな効果である。

そんなサティがなくなって、困っていた市民は多いと思う。
次長も、サティが無くなると言うのは想定外だった。

そして今、一度無くなったサティの「復活」。
出店されると聞けば反対し、
閉店されると聞けば反対した人たち、
復活すると聞いて何と言ったんだろうね?
2006.09.24 競馬
岩手競馬の存続問題が、巷間を賑わせている。

数百億円を越える負債を抱えて、
このまま続けても見通しが立たない、という意見がある。

これまで恩恵を受けてきたのに、
ダメになったらサヨウナラ、では道義に反するという意見がある。

様々な意見が交わされるのは、大変結構。
ただ、多くの地方競馬が命脈を絶たれていく中で、
なぜ岩手競馬が今日まで永らえたのか、考える必要があるだろう。

果たしてなぜ、岩手県は競馬が止められないのか。

まず、岩手競馬を取り巻く背景の問題である。
この広い岩手県、一つの問題を「県全体の問題」とみることが困難。
分析させてもらえば、これは「内陸中南部」に限った話。
沿岸地域の人々にとって、これが「岩手県民全ての関心事」と
断言されることには、大変な違和感があるだろう。
たとえそこに、間接的な恩恵があったとしても。

事実上、行政(県)お墨付きの「ギャンブル」である。
言い方を変え「バクチ」と評する人もいるだろう。
この時点で、競艇、競輪、パチンコとは本質的に何も変わらない。

また競馬場所在地の盛岡市、奥州市では、
当該市とはいえ、その税金が投入されることに抵抗のある市民も多い。

しかし、これまで岩手県において、
競馬に対する冷ややかな眼差しがあったのかといえば、大いに疑問である。
なぜなら岩手競馬は、そのギャンブル性を問題視されることは少なかった。
競馬はあくまでも、「馬事文化」としてとらえられてきたのだ。

砕けた言い方をすれば、岩手競馬はそのステイタスにおいて、ゴルフと同じポジションにある。
中央競馬もそのステイタスをイメージ戦略に活用しているが、
実質的に「市民への受容性」を見れば、その違いは明らかだ。

岩手競馬に、悲壮感は無い。
岩手の競馬場は、子供の遊園地と同じ領域にある、娯楽施設である。
中央競馬をイメージして岩手競馬を語ることは、できない。
この地域に根ざしているからこそ、「恩恵を受けてきたのに要らなくなったら止めるとは何事だ」という
感情論が首をもたげる。
これは、ほかでもなくこの地域に受け継がれた「馬事文化への愛着」である。

馬産地としての歴史を誇り、馬が神格化された岩手県内陸部では、
容易にこの問題を解決することができない。
日本を代表する馬の血統を輩出したという自負は、
常に自虐史観にさらされた東北の岩手では、精神的支柱でさえある。
「文化」や「歴史」という言葉は、実に偉大だ。

盛岡競馬場の愛称は、「オーロパーク」である。
これは、「黄金の公園」を意味し、この競馬場のルーツが「黄金競馬場」であることに因む。

産金で栄えた平安の岩手、輝かしい馬産地の歴史、
産業に乏しい地域にあって、地場で支え続けたのは「馬」という文化であり歴史である。
農耕にも戦争にも馬は不必要となったが、競馬はその命脈を今の今まで、保ち続けている。

目の前の実利よりも、気高い誇りに生きることは美しい。
だが、時代は変わる。
時代に応じた努力を為さなければ、滅びるのは世の常。

明るく楽しく面白く、競馬はそれだけで良いのか。
「あなたの岩手競馬」というが、いつからそんな尊大なものを客に託すようになったのか。
意地悪な言い方ではあるが、そんなふうにも感じる。

若い世代にとって、競馬は他のギャンブルと何ら変わらない存在となっている。
重みとか深さとか、土地に根ざした息吹であるといった感慨は、無い。

経営体として成り立っている以上、文化といえども赤字の増大は許されない。
他のギャンブルとの比較の中で、
パチンコ店は増えてゆくのに競馬場は窮地に追い込まれてゆくのはなぜなのか、
よく考えて欲しい。
2006.09.23 職業意識
どこの町でもそうなのだが、「職業意識の違い」は、千差万別だ。
ただ、土地柄というのか、傾向は大きく違う。
良くない例を挙げると差しさわりがあるので(笑)
盛岡の例を挙げようと思う。

観念的な話ではあるが、盛岡の女性には働き者が多い。
換言すれば、男性はバラツキが多いが(笑)、
女性は全般的に、仕事の効率性が高く、また正確だ。
ただ、ここに到るまでにプラスアルファ必要なのが、「職業意識の付加」なのである。

先日、市内のとある店で買い物をした。
その商品には、バーコードの脇に割引のシールが貼られていて、
手で入力しなければならない状態だった。

しかし、彼女はそれを見ずにバーコードをかざした。
当然、その商品は割引されずに元の値段が画面に表示された。
ためらいながらも、「こちらの値段ではありませんか」と言うと、
その彼女、詫びるでもなく笑うでもなく、一言も発しない。
ただ、こちらを睨むように見たほかには・・・・。

こちらは責めているわけではないし、事実を伝えただけだから
この対応には驚かされた。
すると脇の年配の女性が、慌てて詫びてきた。
詫びてもらいたいわけではないが、何も言わない彼女に、不安になった。

おそらくは、何と言って良いのか分からなかったのかも知れない。
しかし、無言は誤解の元である。
客が次長だったから良かったようなものの(笑)
これが大変なクレーマーだったら、大問題である。
明らかにこれは、店の接客教育の欠如である。

次に、こんな話がある。
次長が送った荷物が、配送途中で破損したという。
配送業者は理由を「不明」と説明したが、
コワレモノでないものが壊れたくらいだから、
よほど乱暴に扱って壊れたのは、十分に予想できた。
現物を戻してもらって確認すると、
およそ元の姿からは想像できない惨状である。
何しろ、大切な方へ送る品。
これをそのまま届けてもらわず良かった。

幸い、代替品があるのでそれで対応してもらうこととした。
そこでの電話対応が、驚愕である。

「お急ぎですか?」
「もし午後に時間があったら、対応できると思いますけど」

彼女、何気なく言っているのだと思う。
そこに悪気が無いことぐらい、次長だって分かるつもりだ。
でも、さ・・・・。

あなた本人のミスでないことは十分承知の上だけど、
君らの会社のミスで遅れたものを、改めて「お急ぎですか?」って訊くのはナンセンスじゃない?
忙しいのはお互い様だけど、時間が無かったら君らはミスにも対応しないの???
しかも、確認もせず「思います」、「けど」は余計。

悪気が無くとも、相手の受け止め方って色々。
そこに気遣いが欲しい。むしろそういうことが大切。

「この度は大変申し訳ございません、ただ今手配しておりますので、早急に対応させていただきます。」
で済む話でしょ、ホント。

マニュアルなしでこういう対応が出来たら、
本当に優秀なんだけどね。

そういう教訓からも、職業教育の行き届いた企業が増えることを願っています。
2006.09.18 敬老の日
近頃、「コンパクトシティ」という言葉をよく聞く。

郊外に広がりゆく市街地に駄目出しをし、
昔ながらのいわゆる「中心市街地」を再開発して、
中心部に都市機能を集めて行こう、という考え方だ。

これを、盛岡で進めるべきだという論がある。

一見正論ではあるが、ここには落とし穴がある。
中心地だけに全てを集めれば、余計なインフラ整備は要らないというが、
郊外に住んでいる人の利便性は、丸無視?

高齢化が進むと、高齢者は買い物が出来なくなる。
だからこそ、郊外にショッピングセンターを作るよりは、
町の真ん中に店をつくれ、という意見がある。

でも、「高齢者が中心市街地だけにいる」という前提が、おかしいでしょ?

次長、こんな話を聞いた。
長らく「郊外型開発」が極度に抑えられてきた盛岡市。
二車線が四車線になって車の往来が激しくなったが、
一方で利便性は一向に高まらない。
先祖伝来の土地を、道路拡張のために召し上げられたのに、
何に使ってはならない、どこに貸してはならない、という規制は生きている。

そんな農村地帯に、ずっと生きてきたおばあちゃん、キクさん(仮名)が居た。
野菜は畑から買えるが、それ以外のものは、たやすく買うことが出来ない。
息子夫婦は共働きで、近くにコンビニだって無い。
毎日を、おんなじように繰り返すのみ。

一方、街中に住んでいる「おばあちゃんの仲間・ウメさん(仮名)」は、買い物一つにも困らない。
歩いて店にいける、バスを使えば快適。病院だって近い。
当然のように、中心市街地優遇策の恩恵を受けているのだ。

都心暮らしのウメさんは言った。
「あんた、もういい加減無理しないで、街中のマンションに住みなさいよ。雪かきもしなくていいし」
けれどキクさんにそんな自由は無い。息子夫婦に気遣って、買い物すらままならない日々、
規制を受けた土地は、売ることも難しい。

そこに、降って湧いた「ショッピングセンター」の開設話。
キクさんは、すぐ傍に便利な店が出来ると聞いて、嬉しかった。
何も無い、どうにもならない土地を・・・と息子夫婦に愚痴られながら、
それでも先祖伝来の土地と、大切に守ってきた。
その場所に、「便利」が転がり込んできたのだ。

近所とのつながり、今時で言う「コミュニティ」は、
郊外では新たに築かれる物ではない。
過去を肯定しながら、未来も肯定する姿が、ここにはある。
二世帯同居が出来ている今を、自ら壊すことはない。

一箇所で、全てが充足できる店。
キクさんは、「ウメちゃん、うちのあたりもやっと便利になるから、遊びにおいでよ」
嬉々として語った。
孫に買ってあげたいものがあるんだと、楽しそうに語った。

盛岡に、初めて大きなショッピングセンターができた日。
そこには「キクさん」の姿は無かった。
楽しみにしていた店の開店を待つことなく、キクさんは逝った。
もう少し早ければ、キクさんは生きていたのに、とウメさんは泣いた。
さぞや無念だっただろうと、大声で泣いた。

買い物をするにも、病院に行くにも、
年老いた体で自転車ひとつ。
キクさんにはあまりに酷だった。

この話を聞いたとき、次長は不覚にも泣いた。
これが、「コンパクトシティ」の現実だろう。

スーパーの一つも無い土地が、いまだにある。
そこで暮らしているお年寄りたちの暮らしを、行政はどう考えているのだろうか。
2006.09.16 盛岡城跡公園
「岩手公園」に本日、市当局によって、
未来永劫愛されないであろう愛称が、
多くの人々の反対を押し切って付された。
その名も、「モリオカジョーアトコーエン」。

音訓取り混ぜた、記号的な名前。
「シロアト」「ジョウセキ」とも読めるこの文字を、
統一的な愛称にするのは、明らかに無理がある。
読みにくい、親しみにくい、分かりにくい。

名は体を表すという言葉が真実ならば、
これは決して、積極的に使うべき言葉ではないだろうね。

しかもどうしたわけだか、
9月15日に発表するって事前に市が言ってるのに、
地元紙はその前に発表してしまった。
「愛称」ではなく、「新名称」だとの見出しつきで。

信義よりも、報道を優先した形なのか、どうか。
そんなフライングで、市の面目丸つぶれ。
当事者は「愛称」だと言ってるのだから、新聞報道は間違いなんだろう。
ところが新聞は、市当局よりも影響力を持つから、
話はいよいよ、ややこしいことになる。
何よりもこの新聞には「ブランド力」があるから、信用が伴っているのである。
多くの県民は、この新聞が言うことは当然ただしいものだと認識していると思う。
昨日今日「ブランド宣言」した市とでは、
ブランドを意識してからは、実に100年もの開きがあるのだから。

どちらにしろ、
「盛岡ブランド推進のために盛岡城跡公園の名が必要」という
思考の根拠が、全く不明なのは変わりないところ。
100年の歳月を重ねて、たくさんの人々の思いを集めた「岩手公園」というブランドが、
「盛岡ブランド」の名の下に、その名を抹消されようとは、皮肉な話。

岩手がダメで盛岡がOKというのは、
ほかでもなく、盛岡町衆が持つ特有の「メンタリティ」の表れ。
盛岡はいつも、岩手ではずば抜けて特異で、
他の地域とは一線を画したい、という思いが深層心理にある。

また東北でも特別で、全国でも特例的だという思いがどこかにある。
だからこそ、「中央資本」は敵外視するし、
これを「黒船の脅威」と呼んで憚らない。
そういう感覚が「外来者」にはわからないから、
「盛岡での商売は難しい」と、みな匙を投げる。

確かに、盛岡は特別であり続けた。
それは、時間距離にして東京からの影響を受けにくい地理条件にあり、
青森市や秋田市よりも、それは顕著だ。
羽田空港と結ばれていないのは、北東北の県庁所在地では、
実に盛岡市だけ。
新幹線があることを優位に思ってきたようだけれど、
それはあくまでも陸路だけを見ればのこと。

そこに二つ目のイオンが出来て大慌て。
黒船に免疫がないから、プレオープンで2000人の行列が出来上がるのも、当然といえば当然。

モリオカジョーアトコーエンの名は、
山車とイオンに掻き消されて、薄らぼんやりと冷ややかな扱いを受けるのみとなった、の感。
2006.09.10 改名論議
相も変わらず、岩手公園の「名称変更」論議が進んでる。

市は「改名」ではなく「愛称決定」だと言ってるけど、
新聞やテレビはもっぱら「名称変更」の論調で、
ほとんどの市民も、「岩手公園の名前が消える」と思ってるんじゃないかな?

次長の個人的意見を言わせてもらえれば、こうだ。
「そんなことにうつつ抜かしてる場合ですか」

二言目には「金が無い」と言っている自治体が、
大枚はたいて(報道によれば概算1200万円)
公園の名前を変えてお祭り騒ぎ。
そんな余裕がどこにあるのさ?

賛成多数ならともかく、どこから煙が立ったのか分からない論議。
疑問の声も黙殺して、いつの間にか二者択一にして
「どっちがいいか市民の声を聞きます」って、何?(笑)

盛岡市をアピールするために盛岡城をいれにゃならん、
という割には、岩手公園に恒常的な魅力を付加する努力ゼロ。
100年経って、名前を変えて、歴史を分断して、はいそれまでよ。

根拠とコンセプトに乏しいお祭り騒ぎで、
緊縮財政の片鱗すら感じさせない大盤振る舞い。
同じ場所に「公園」の名がが並立したらおかしいでしょ、普通に。

愛称ってのは、まず第一に「呼びやすいこと」が第一条件。
「盛岡お城跡公園」ってどこから出てきたのか知らないけど、
こんなに呼びにくい名前を出した人って、どういうセンスなんだろう?

愛されない愛称が生まれて、市民の血税が無駄遣いされて、
少なくとも市民の半分は、不愉快な思い。
市のコスト削減策も見えないまま、
お祭りだから許されるという甘えが、どこかに見えませんか?

いわば守旧的な盛岡の本拠「盛岡城」が揺れているあたりに、
「新しい盛岡の中心」、「イオン盛岡南SC」が、奇しくもオープンするわけで。

もう、どう考えてもイオンの手法は全てが巧妙。
一方の守旧派は、中途半端な改革志向が、孤立を自ら招いている。
マスコミは不必要に、どちらも扇動。
市民が共感するのは、どっちなんだろうね?

「オールド盛岡」と「ニュー盛岡」の対立軸が、
ここにも見て取れるんだよなぁ。
2006.09.06 ゆいとぴあ
盛岡市の南に、通称「ゆいとぴあ」と呼ばれる新都市開発地域がある。

もともと「ゆい」って言葉がこの土地に根ざしてるのかっていう疑問や、
(これはあくまでも他地域で使う共同作業のことだろう)
「ゆいとぴあ盛南」とは言うけど「盛南」ってあんまりぴんと来ない点を含めると、
愛称そのものがどうか、ってことになるんだけど、
概念そのものは悪くないと思う。

ただ、地域の人間にとっての位置づけが、どうなんだろう?

ここは建設ラッシュで、
今まで狭くて応用の利かなかった盛岡では珍しい、
広々と土地が使える地域。
「一つで結構」と言われながら、イオンとサンデーとホーマックが生まれ(笑)
周辺にも店が立ち並び始めてる。
いわば盛岡で今、一番元気の良い場所。

次長は読んで字のごとく、ここが「新都市」であり
「新都心」になりうる場所だと思ってるんだけど、
どうも世間の評価は違うらしい。

あくまでも、ゆいとぴあは「郊外型開発」という評価が崩れない。
そこには、「コンパクトシティ」の概念があって、
これまでの盛岡の中心地を再生する動きが背景にあるんだと聞く。

でも、それってどうなんだろう?
コンパクトシティが良くないとは思わないけど、
あまりに「現市街VSゆいとぴあ」という概念が根を張りすぎてる。

昔からあったものが、根こそぎ持っていかれる、という危機感。
実際、ゆいとぴあへの移転を始めているものもあるし。

ただ、時代は変わって行くものでもあり、
町は成長し衰退してゆくものでもある。
同じことを同じ場所で続けてゆく意義もあるけど、
新たな展開はどの企業にも必要だし、
どの町にも必要不可欠。

田んぼだった「ゆいとぴあ」が
新都市を標榜することに、大変な抵抗があるのは見て取れるんだけど、
それって盛岡特有のメンタリティから来ているものだと思う。
何しろ、長く城下町で生きてきたところだし、
それを根拠とした、郊外開発アレルギーのある町だから。

ならば、どういう形がこの町にとっていいのか。
ゆいとぴあが新都市・新都心として位置づけられる根拠は何なのか。
この辺り、実際に開発に携わっている方々はどう考えているんだろう?

もはや、市役所を移す見込みも危うい今、
市役所を移す以前に、この土地が特別な土地だっていう
「根拠」を示さないと、
昔気質の町衆は納得しないと思うね。

盛岡のメンタリティって、
なかなか奥深いですよ。
2006.09.05 ブランド
ブランドって聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか?

シャネルとかグッチ?
ま、妥当なところでその辺でしょう。

「盛岡ブランド推進で元気な盛岡」
そんなふうに染め抜かれた旗が、あちこちに掲げられてます。

・・・なんか、ビミョーですよ。
ブランディングの意味を知ってる人が作ったとは、思えないんで。

ブランドを確立するってのは大変なことで、
宣言したところでブランドが成立するわけがないのです。
名称をブランドとして確立するためには、
歴史も付加価値も希少性も差別化も必要。
そこに到る過程で、いくつもの信頼を勝ち取らなければなりません。

ブランドを信用として、人はその物を買うのです。
だからこそ、売れてるものを集めてブランドを成立することは出来ない。
その流れは、ブランド構築に逆行するものだからです。

そもそも、盛岡ブランドって、ナンですか?
そう聞かれて答えられる市民がどれだけ居るでしょう?
しかもブランドは価値を高めるものではあっても、
推進するという動きにはそぐわない。
むしろ、そこで希少価値が失われるなら。

まして、元気には繋がらないですよ、そのままの意味なら。

何となくブランドという言葉に憧れて、
統一ロゴまでつくってぺたぺた貼るなら、
「岩手県推奨品」と何ら変わらない。
これをもって「盛岡ブランド」を称するのは、あまりにおこがましい。

盛岡がどういう町かも知られていないのに、
盛岡はブランド価値があります、って主張がそもそもおかしいし。
盛岡と聞いて誰もが想起するイメージがあってはじめて、
ブランドとして「盛岡」が生きてくるはずだよね?

シャネルを「シャネルブランド」といわないように、
自分で自分を「ブランド」って言ってしまうのが、
まず第一に「恥ずかしいこと」なわけです。

こういうことに気づいてる人が、どれだけいるのかなぁ。