2007.04.28 白い巨塔
所用で「岩手公園」の辺りへ。

花見の季節に合わせてか、ボンボリ風の仮設街灯が備えられ、
春まだ浅い盛岡に、些かの祭り気分。

そこへ、およそ似つかわしくない巨大な塔が出現していた。
頭に「お城風の屋根」を掲げ、裾には「櫓のような木組」を据えて、
白い胴の部分には大きく、「盛岡城跡公園」と書かれている。
しかもご丁寧に、「もりおかじょうあと」とルビまで。

「盛岡城」は国指定史跡だそうだが、
そんな重要なものの敷地内に、こういうものを建てて良かったのか。
ま、良かったから建てられたんでしょうけど。たぶん。

盛岡城がどういう城だったのか、
残念なことにその実物を見た人は今、いない。
だとすればイメージとはいえ、
復元模型も資料館もないこの場所に、
これを建てて良かったのか、という側面でお話させて頂く。

言わば、愛称「盛岡城跡公園」決めてしまったから定着させねば、
という前提に立って、城跡である事を強く印象付けるためならば、
むしろ中途半端にこういうものを置かない方がいいのではないか。

学術的な考証を経て、
なおもその歴史的価値を伝えようとする雰囲気は、ここには感じられない。
お城がないから、看板で表現しました。
お城が復元できないのは、お金がないからです。
という論理だとすれば、
そもそも、お金を掛けてまで愛称を定着させる意味が分からない。

お城が復元できないのは、
それ以前に「復元するに値する資料が揃わない」からではないのか。
そこにお城っぽい看板を建てて、お城の姿を各人の想像にお任せするというのは、
訪問者に対して失敬な話である。

花見で多くの来訪が望めるこの時期に合わせて、
そうした看板で「愛称」の周知徹底を図るのみならず、
根拠の乏しいお城のイメージを広く植えつけるというのは、いかがなものか。

この巨塔が、よもや半永久的に設置されるとは思いたくないが、
中途半端にお花見シーズンだけの季節限定品だとしたら、
それでも税金の使い道として、思うところがある。

そこまで城下町をアピールしたいのなら、
市役所の窓口は腰元の格好で対応するとか、
スーツは禁止して浴衣で仕事してクールビズとするとか、
それなりに人が関わるべきだと思うんだけど。

三重県の伊賀市あたりじゃ、
伊賀忍者の格好で仕事したりするんだけど・・・。
やっぱり、そういうのを面白がってやる空気が無いとなぁ。

城下町のイメージを保つなら、
もっと根本から景観条例を見直すとか、それなりの政策をしないと、
もう間に合わない景色が広がってると思うんだけどね。
2007.04.22 産直
読んで字のごとく、「産直」である。

今さらその解説を求めることもないだろうが、
「産地直送」の略語、昔で言えば、「農家の無人販売所」。
かつて究極的な信頼関係の上に成り立ったその販売形態が、
今や人心の荒廃に対応すべく(笑)、有人となった上に
廉価・安心を売りにした、ごく普通の店舗になりつつある。

ここに「道の駅」と言うモデルケースが加わって、
お焼きやソフトクリームを販売する、
ドライブインとしての側面も加わることになった。

さて、「産直」の使命とは何か?
産地から市場を経由しないと言うことで、
中間搾取から逃れられると言う廉価販売の事実はあるが、
言わば、安全かどうかという実体は別である。
何が安全で何がそうでないかは、実は生産者にしか分からない。
同じ商品が別なルートで届いているのかも知れないのだ。
ただ、そういうイメージを構築するには、大変に意義深い存在だろう。

そんな重い話はさておき、
地産地消なる言葉の隆盛を見れば、生産地のものがそのまま手に入るということは、
消費者にとって、望まれる結果なのだろう。
近年、岩手地方での「産直」は、どこでも目にする光景となった。

ところが一方、最近おかしな風景を目にするのである。
「産直」を謳いながら、地場産品でない野菜を置いている「産直」がある。
これも言葉のアヤ、岩手産品直売とは謳っていない、と言われればそれまでだが、
それでは大手スーパーと何が違うのか?って話である。

農家の一角にあるのが本来の姿、
それが組織化されて、国道沿いなどにまとめて置かれるのが発展型、
盛岡にあって、近郊農村産の野菜が置かれているのはまだ、許される範囲であろう。

ところが、神奈川産だの高知産だの、全国の野菜を当たり前に並べて
およそ「岩手の産直」では無い性格の「産直」が、実際にある。
販売者側に、自責の念はないのだろうか?

もしも今、地元でその野菜がハウス栽培でも獲れないのならば、
ここにその販売コーナーを設ける必要は無いだろう。
そこまでして、購買者はここで「全国の野菜」を買う必要が無い。
もしも購買者の利益を言うのならば、産直と言う看板は掲げるべきではない。

どこの何を売ろうが勝手だと言われそうだが、
地元産でない野菜を地元産だと偽って売ってるのか?と
言われ無き誤解を受けるのは、真面目に「産地直送」を実践している産直の側である。

他人の商売に口出すのも余計なお世話だが、
少なくとも、そういう店から物は買わない。
それが次長の「購買者としての選択」だ。

地域のイメージを売りにして、
地域の生産物を売るということは、
地域ブランドを利用して商売をしている、ということ。
その意識無くブランドを汚すようなことは、しないほうがいいと思うけどね。
2007.04.16 外車
近頃、盛岡で外国産車の往来が多い気がする。

あくまでも感想なので、厳密なデータを元にしているわけではないが、
どうも過ぎ去ってゆく車の割合に、どのメーカーかは問わず、
いわゆる「外車」が目立つのである。

一部には富裕な向きが増えているのか、
中古車流通が昔より円滑になっているのか、
予算はともかく勢いで買ってしまう若者が増えたのか、
まぁどれかだと思うのだが、
いずれにしろ、経済的に「動き」が生まれているのは確かだと思う。

昔から、富裕層としてのお医者さんが多い盛岡では、
比較的外国産車が売れると言うのは知られた話のようだが、
最近目にするのは、いわゆる「若者」が外車を乗り回す場合である。

町の噂話程度だが、小汚い格好の若者が冷やかし程度にショールームに来たかと思えば、
コンビニでスナック菓子を買うように「コレ下さい」と
至極手軽に外車を買う場合が珍しくないと聞く。
客を見た目で判断するというのは最もやってはいけないことだが、
それにつけても、「富」というのはどこにどう流れているのか、見えなくなっているというエピソードではある。

ローバー、プジョーにはじまって、ワーゲンあたりも目立つ。
BMWやFIATあたりは、あまり見かけない。
メルセデスとなると、やはりそれなりの年齢の方々が乗っているようだ。

次長がなかなか外車に手を出せないのは、
値段やランニングコストもさることながら、盛岡の道路事情にも要因がある。
交差点を超えると、中央分離帯の位置がいきなりずれていたり、
無防備な杭がニョキっと立っていること。
夜間の運転は本当に気が抜けないし、岩手の中でも、盛岡の道路事情は車にも人にも優しくない。

正直、外車向きの道ではないような気がするのだ。
2007.04.12 町なか温泉
盛岡市南仙北にオープンした、話題の「喜盛の湯」へ。
まずその「読み方」が分からなかったのでウェブを検索したのだが、
なんと、今どき公式サイトがない!
テレビでもCMやってないし、チラシぐらいはあるんだろうが、見たことも無い。
それなのに、なんだか口コミ頼りで知られてるところが
むしろ斬新である。

結局のところ読み方は、「きもりのゆ」らしい。
盛岡の喜び、みたいな意味だろうか。
響きとしては「イモリ」「ヤモリ」「タモリ」を彷彿とさせるが、
それがまたインパクト大。

大型スーパー銭湯に慣れた盛岡の人々にとっては、
些か狭い印象かも知れないが、それでもこれがこの場所で
本物の温泉だと言うのには、頭が下がる。
結構以前から掘削していた印象があるのだが、こんな街中じゃ、温泉出なかったのかな?と邪推していたのだ。

よく調べると、この運営会社は愛知県にあって、
なぜか東海地方から飛んで、盛岡・滝沢にこれら事業所を置いているらしい。
地元企業だったら、ここまで出来たかどうか。

いわゆる一般的な岩盤浴に留まらない、
韓国などではメジャーな黄土を使った低温サウナや、
トルマリン(だと思う)が敷かれた上にタオルを引いて寝るタイプなど、
これも馴染みが薄いだけに最初は躊躇うが、なかなかいい感じ。
遠い昔に、砂利道の上に寝転んだ記憶が蘇る。
オトナが砂利道に寝転んだら、それはそれで問題だから。(笑)
そんな、非日常体験。

赤みがかった、ゴロゴロした岩塩の上に寝るサウナが秀逸。
実際に、流れる汗の量が半端ではない。
こういう施設で、フレッシュジュースが飲めると言うのは、また健康的。
食事やマッサージも出来て、全体的にコンパクトにまとまっているが、
一通りのものはキレイに揃っている。
公営施設にありがちな、雑魚寝空間が無駄に無いから、雰囲気もいい。

さらにここを出て、外気に触れる屋外のテラスに出ると、
ここが南仙北であることを忘れてしまう喧騒の闇。
ここから花火なんかが観られるといいんだろうけど。

岩盤浴のフロアに上がるためには、別途料金が必要。
ただ、それを逆にそれが子どもをシャットダウンするから、雰囲気を落ち着かせていい。
しかも、トータルで見て入場料が特段高いわけではない。
この階にはオープンスペースがあるのだが、何か他にも使い道があるのではないかな?と思った。
ドリンクは、健康茶を含めてもっと種類があってもいいし。

場所について言えば、もっと広い道路に面してた方が分かりやすかったのかも。
遠くからだと、何かを目印にして行ける感じではないのが惜しい。
逆にそれを狙ったのかも知れないけど。

温泉が近くにあるのに、スーパー銭湯健闘の盛岡周辺。
そこに「スーパー銭湯なのに本当の温泉」という
最強の看板を背負って、喜盛の湯がやってきた。

本当に疲れていると、山の上の温泉まで行く気力も起きないから、
しばらくはココに嵌まりそう。
狙いは、そういうところか。
2007.04.08 どんど晴れ
ついに始まった、NHK連続テレビ小説「どんど晴れ」
岩手・盛岡が舞台とのことで、念のため観ている。
「何の念だ」と聞かれても困るけど。

初回視聴率過去最低、と言う事実すらあまり話題になっていない。(笑)
全国的に「岩手県」の位置がおぼろげだから、話題性が低いというのは紛れも無い事実だろう。
何しろ、この番組自体の視聴率自体が年々減少傾向にあるというし、
関心が薄いということ以上に、みな忙しくなってるのか、
やっぱり衛星放送で観てる人も多いんじゃないかな。
特に、岩手県の場合。

とある岩手県外在住者のブログに、
「あのナレーションは、明らかに東北弁ではない。ナレーターは誰だ?」と書かれていたが、
それでもあのドラマ中では、一番基本に忠実なイントネーションではないかと思う。
やはりここでも、東北弁=北関東方言みたいなステレオタイプは根強い。

そんなナレーションの「木野花」や、
金八先生の巡査役でお馴染みのキャスト「鈴木正幸」が
ともに「津軽文化圏」の青森県弘前市出身。
岩手県からはパスポートが必要なほどに(笑)、隔絶された土地、異文化圏である。
そんな中、NHK出版発行の特集雑誌で
「僕は盛岡と同じ南部文化圏の生まれです」と自ら名乗りをあげるのが、
青森県上北郡出身の吹越満。
ご当地岩手県よりも、青森県をホットにさせる、いや「対立を根深くさせかねない」キャストではある。(笑)

やはりの仲居役に山形出身の「あき竹城」がいたり、
異文化圏連合・東北多国籍軍の印象は拭えないが、
本場盛岡産の長岡輝子が片隅にも出てこないのが、不思議と言えば不思議。

画面を見る限り、ヒロインの比嘉愛未の初々しさから、
彼女が盛岡出身、という設定が違和感なく思えるのだが、
それではストーリーそのものが成り立たなくなる、か・・・。

盛岡ロケが少ない印象、
NHKも盛岡より横浜放送局のウェブの方が充実している印象、
コンピュータグラフィックス過剰の印象、
色々感じることはあるが、忠実な盛岡を求めると言うより、
イメージを追求していると言う意味では、評価に値するだろう。
何しろ、オープニングの鳥瞰映像は秀逸だ。

ゲストとして韓流俳優リュ・シウォンが出るそうだが、
むしろこれが一番盛岡っぽいかな、と思わざるを得ない。(笑)
焼肉冷麺を食べる設定があるのかどうかは、知らないが。

「どんどはれ」に「どんど晴れ」の文字を当てたのは、
明らかに「地元っ子以外の発想」である。
これによって「ドンドバレ」と誤認されている向きが無いではない。
しかもここに「天候・晴れ」の意味合いは無い。
ただ、ここから派生する快晴のイメージは、東北に根強く残る暗いイメージを払拭する効果はある。

一方、「どんどはれ」がそれだけ盛岡に定着・残存してるかと言えば、決してそんなことは無い。
「盛岡では【どんどはれ】なんて使わない」と声高に言う人がいるが、
それは胸を張って言うようなことではないだろう。
客の目で言えば、「盛岡・岩手らしさ」が見えるところが、本当に少ない。
それは、この地域が他の観光地と違って「らしさ」を売りにしていないからだと思う。

都会っ子が地方で苦戦すると言う永遠不変の設定、
現代っ子が伝統にぶつかっていくと言うありがちな設定、
娘が旅館の女将になっていくという最近とみに多い設定、
どれも目新しいものは一つもないのだが、
そこは「サザエさん」同様の「安心感」である。
朝にスリルとかサスペンスは要らない。

主題歌は御大「小田和正」で、その名も「ダイジョウブ」
王道中の王道を往く「朝ドラ」の今後に、注目したい。

後はこれを迎える側の岩手県民・盛岡市民が、
卒なく「おもてなしの心」を持てればいいのだが。

どんどはれ。