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2007.08.17
美味しい盛岡冷麺を食べるなら
お盆期間中、親戚筋が盛岡へやって来た。
折角なので、「盛岡冷麺でも」ということになった。
もとより彼らは、「どんど晴れ」の強力プッシュによる
「ジャージャー麺」が食べたいとのたまう。
が、これまで何度も言ってきたような気がするけれど、
「ジャージャー麺」と「じゃじゃ麺」は違う。
しかも、「じゃじゃ麺」に似て非なるものを出す店が多くある。
それもアレンジ、別に否定するつもりも無いのだが、
本家本元のじゃじゃ麺ではないものを薦めて
声高らかに「盛岡まで行ってじゃじゃ麺食べてきた」と
はしゃがれても困るので、見送らせてもらうことに。
「どんど晴れ」に出てくるじゃじゃ麺は、
盛岡市民が想像するものとはかけ離れていることを、添えておく。
あれは、あのドラマの中のマスターが開発した
「苦心の作」なのである。
さておき、盛岡冷麺である。
東京から来た親戚は、「東京的冷麺」を想像していたようである。
いわゆる、蕎麦粉の入った黒くて細いアレ。
次長、蕎麦は蕎麦として食いたい性分なので、アレは嫌いである。
盛岡市内某店は、帰省客でごった返す。
いつものように、透明なソレを注文したのだが・・・。
麺が半透明でなく、濁ってる!
何だかおかしいな、と思いながらも、箸を進める。
どうも、慣れ親しんだ食感ではない。
どう例えたらいいのか、これには困った。
いや、明らかに言えるのは、
オイシクナイ。
はっきりしたのは、粉っぽいということだった。
つまりは、茹で加減が足りない。
そして、きちんと冷水で締めてないから、表面に滑らかさが無いのだ。
おそらく、かつてないお客に対応できず、
中途半端な出来となったのだろう。
いつもは美味しいのに、これでは・・・。
「美味いだろ?」などと言えるはずもなく、
即席めんに軍配が上がるほどの粉っぽさに辟易。
さらに追い討ちをかけるのが、深みの無いキムチ。
浅漬けにキムチだれをまぶしたような、薄っぺらい味・・・。
いつものあの、名店と賞賛されて然るべき味覚はどこへ!?
とても、残念だ。
とても肉でも炙っていく気分にはなれず、
「いつもの味と違うね」とヒソヒソいうのが精一杯。
レジ前に客が並んでるのに、「今日茹で方足りないんじゃ?」なんて言えず、
期待に胸膨らませる人々の笑顔を素通り。
どこの店とは言わないが、
誰かが言ってくれてるか、気づいてくれていることを、願う。
盛岡冷麺を食べて「マズい」と感じたのは、あれが初めてだ。
折角なので、「盛岡冷麺でも」ということになった。
もとより彼らは、「どんど晴れ」の強力プッシュによる
「ジャージャー麺」が食べたいとのたまう。
が、これまで何度も言ってきたような気がするけれど、
「ジャージャー麺」と「じゃじゃ麺」は違う。
しかも、「じゃじゃ麺」に似て非なるものを出す店が多くある。
それもアレンジ、別に否定するつもりも無いのだが、
本家本元のじゃじゃ麺ではないものを薦めて
声高らかに「盛岡まで行ってじゃじゃ麺食べてきた」と
はしゃがれても困るので、見送らせてもらうことに。
「どんど晴れ」に出てくるじゃじゃ麺は、
盛岡市民が想像するものとはかけ離れていることを、添えておく。
あれは、あのドラマの中のマスターが開発した
「苦心の作」なのである。
さておき、盛岡冷麺である。
東京から来た親戚は、「東京的冷麺」を想像していたようである。
いわゆる、蕎麦粉の入った黒くて細いアレ。
次長、蕎麦は蕎麦として食いたい性分なので、アレは嫌いである。
盛岡市内某店は、帰省客でごった返す。
いつものように、透明なソレを注文したのだが・・・。
麺が半透明でなく、濁ってる!
何だかおかしいな、と思いながらも、箸を進める。
どうも、慣れ親しんだ食感ではない。
どう例えたらいいのか、これには困った。
いや、明らかに言えるのは、
オイシクナイ。
はっきりしたのは、粉っぽいということだった。
つまりは、茹で加減が足りない。
そして、きちんと冷水で締めてないから、表面に滑らかさが無いのだ。
おそらく、かつてないお客に対応できず、
中途半端な出来となったのだろう。
いつもは美味しいのに、これでは・・・。
「美味いだろ?」などと言えるはずもなく、
即席めんに軍配が上がるほどの粉っぽさに辟易。
さらに追い討ちをかけるのが、深みの無いキムチ。
浅漬けにキムチだれをまぶしたような、薄っぺらい味・・・。
いつものあの、名店と賞賛されて然るべき味覚はどこへ!?
とても、残念だ。
とても肉でも炙っていく気分にはなれず、
「いつもの味と違うね」とヒソヒソいうのが精一杯。
レジ前に客が並んでるのに、「今日茹で方足りないんじゃ?」なんて言えず、
期待に胸膨らませる人々の笑顔を素通り。
どこの店とは言わないが、
誰かが言ってくれてるか、気づいてくれていることを、願う。
盛岡冷麺を食べて「マズい」と感じたのは、あれが初めてだ。
2007.08.13
花巻讃歌
花巻ほど、分かりにくい街も無い。
花巻市街と花巻空港の位置関係、
国道4号沿いの核心部分、
イトーヨーカドーへ曲がる交差点の場所。
どれをとっても、分かりにくいこと間違いなし。
それでも、昭和の香り漂う町並みには懐かしさを憶え、
宮沢賢治の見た風景、という「イーハトーブ」の匂いを感じ、
相対的には「それもアリ」なんだと思う。
「花巻空港」に「いわて花巻空港」という
意味も狙いも感じられない愛称をつけて、
おまけに血税でわざわざ看板まで変えているのは税金の無駄にしか思えないが、
利用者が激減しているという事実を前に、その思いはさらに深まる。
大渋滞の道の緩和に、グニャリと曲がるバイパスを造ったはいいが、
そのバイパスに誰も流れていかない不思議。
いや確かに、川を渡ってまで遠回りするという感覚はないだろうよ、岩手県人に。
誰も走らない道を颯爽と走れば、美しい川岸の森を眺めに、
橋の上で車を止める県外ナンバーの車、多数。
そんな橋の名は「銀河大橋」。
宮沢賢治に掛けて、なんでも「銀河」ってつけるの、そろそろ止めませんか?
さながら成田空港に向かう道路のように、広々として気持ちの良いこの道路の建設は、
やはり「空港のある街」という表題があるからこそ為しえる事業なのか。
盛岡の「ゆいとぴあ」の道だってこんなに立派じゃないのに。
岩手を県外の人に対して良く見せるための道なんだろう、多分。
これだけ真っ直ぐで広々としていて、
あまりにも広すぎて自転車の横断が躊躇われるぐらいのバイパスがあれば、
盛岡も、もっと暮らしやすい街になると思うけどな。
帰り道、盛岡の道があまりにグニャグニャで、事故りそうになりました・・・。
花巻市街と花巻空港の位置関係、
国道4号沿いの核心部分、
イトーヨーカドーへ曲がる交差点の場所。
どれをとっても、分かりにくいこと間違いなし。
それでも、昭和の香り漂う町並みには懐かしさを憶え、
宮沢賢治の見た風景、という「イーハトーブ」の匂いを感じ、
相対的には「それもアリ」なんだと思う。
「花巻空港」に「いわて花巻空港」という
意味も狙いも感じられない愛称をつけて、
おまけに血税でわざわざ看板まで変えているのは税金の無駄にしか思えないが、
利用者が激減しているという事実を前に、その思いはさらに深まる。
大渋滞の道の緩和に、グニャリと曲がるバイパスを造ったはいいが、
そのバイパスに誰も流れていかない不思議。
いや確かに、川を渡ってまで遠回りするという感覚はないだろうよ、岩手県人に。
誰も走らない道を颯爽と走れば、美しい川岸の森を眺めに、
橋の上で車を止める県外ナンバーの車、多数。
そんな橋の名は「銀河大橋」。
宮沢賢治に掛けて、なんでも「銀河」ってつけるの、そろそろ止めませんか?
さながら成田空港に向かう道路のように、広々として気持ちの良いこの道路の建設は、
やはり「空港のある街」という表題があるからこそ為しえる事業なのか。
盛岡の「ゆいとぴあ」の道だってこんなに立派じゃないのに。
岩手を県外の人に対して良く見せるための道なんだろう、多分。
これだけ真っ直ぐで広々としていて、
あまりにも広すぎて自転車の横断が躊躇われるぐらいのバイパスがあれば、
盛岡も、もっと暮らしやすい街になると思うけどな。
帰り道、盛岡の道があまりにグニャグニャで、事故りそうになりました・・・。
2007.08.08
私の城下町
近頃、盛岡でしきりに「城下町」が謳われる。
かつて(って結構前だが)は確かに、「城下盛岡」というフレーズを聞いたような気がするが、
が、いわゆる「近現代化」の波を受けて、人々の記憶から、遠ざかっていたのではないか。
新幹線が当初、大宮(現・さいたま市)と盛岡を結び、
盛岡ではマンションが立ち並び、それを「城下町的には非」としていた空気も、
いつしか時代の荒波に揉み消されて、露と消えた。
むしろ今では、マンションが立ち並ぶ様を「都会的」と
おかしな自己顕示欲に結びつける輩まで居る。
都会と言うのは、文化的成熟を迎えた都市の事を言うのであって、
高い建物が立ち並ぶ光景を言うのではない、と思うのだが。
マンションが立ち並ぶだけの、ハリボテシティになりかねないのが、心配。
殊にも、「マンション誘致のための新開発?」と思われるのが、
今まさに開発が進んでいる、盛岡駅西口である。
いま、盛岡で「城下町」が謳われるのはナゼか。
お上が岩手公園に、無理やり「盛岡城跡公園」って別名を付した事を、正当化するためなのか。
そうではないと信じたいが、だとすれば、どうしようもない発想だと思う。
確かに、盛岡は「かつての城下町」を中心に広がった都市だ。
が、今盛岡を歩いたところで、城下町の面影を見つけるのは難しい。
無くは無いが、他の城下町と比べると明らかに少ない。劣る。
それは、他都市が「城下町」を「謳い続けてきた」からだ。
ずっとずっと。
だが、盛岡は、それをしてこなかった。
一時の新幹線開通に追われて、ついには「東京〜盛岡」が直結したことにぬか喜び。
盛岡にさほど大きな企業の本社は少ないが、いわば「国鉄城下町」的な、
国鉄時代から始まる恩恵で生きてきたきらいはある。
それにもかかわらず、盛岡駅前(東口)ですらも発展しなかった。
20年も経って、今さら「盛岡駅西口開発」なのである。
他方、駅周辺の発展が遅れたのは、
本来の意味での「城下町」意識が抜けなかったからでもある。
結果、市街地のめざましい発展は進まなかった。
市街地が広がったのはナゼかといえば、某百貨店が肴町から菜園に移転したというただ一つの理由だけだろう。
この事実が無ければ、盛岡は今より貧相な町になっていたはずだ。
これは、往年の西武のように、街づくりを意識してきた某百貨店の功績である。
駅を降りて、「盛岡城」だった「岩手公園」に到るまでに、
「城下町的なもの」にはお目にかからない。
これは、シティセールスとしては大変な問題である。
「盛岡は城下町」と謳う人々は、
「城下町を謳う割には全然城下町っぽくない盛岡」に、気づくべきじゃないのか、と思う。
遠野に行けば、新たな建物でさえ城下町っぽい町並みがある。
花巻に行けば、城門そのものがある。
水沢に行けば、はっきりと城郭の分かる表示がある。
一関に行けば、藩主ゆかりのメジャーなお土産(お菓子)がある。
他県に行けば、史料館や騎馬像や、城そのものがある。
にもかかわらず、盛岡では「らしきもの」が見当たらない。
ここで、「岩手公園なんて名前じゃ盛岡城だってことが分からない」というのは、順序が違う。
あの石垣を見て、城だと思わない人がおかしいでしょ、普通。(笑)
つまりは、岩手公園の石垣を見ても城だと思えないくらい、
盛岡には「城下町テイスト」が無いってことじゃないの?
実のところ、その昔、盛岡になんという殿様が居たのかすら、印象は稀薄である。
地元に居る人は何も感じないだろうが、そんな「常識」さえも観光客からは常識ではないのだ。
看板一つ二つでは、到底周知できるものではない。
そんな看板すら、どこにあるのか分からないのだが。
中津川岸に、鶴の家紋があしらわれたベンチがあるが、
あれだって、知らない人が見たらただのデザインに過ぎない。
なんでここに「かつての殿様の家紋です」説明がないのか?
そういうひと手間が、盛岡には欠けている。
世代交代によって、「盛岡は城下町」だという意識は急速に薄れつつある。
そんな中で、「盛岡城跡公園」という「お上押し付けの別称」が決められたのだと思うが、
それでことたれり、という発想なのだとすれば、残念至極。
さながら、城下町時代への回帰のごとく、
「岩手」の名を剥がし取って封印を解いた、ぐらいの気持ちでやってるのかもしれないが。
それだけ城下町としてのステイタスを保ちたいならば、
もっと「城下町っぽさを出す演出」が必要だと、思うけどね。
かつて(って結構前だが)は確かに、「城下盛岡」というフレーズを聞いたような気がするが、
が、いわゆる「近現代化」の波を受けて、人々の記憶から、遠ざかっていたのではないか。
新幹線が当初、大宮(現・さいたま市)と盛岡を結び、
盛岡ではマンションが立ち並び、それを「城下町的には非」としていた空気も、
いつしか時代の荒波に揉み消されて、露と消えた。
むしろ今では、マンションが立ち並ぶ様を「都会的」と
おかしな自己顕示欲に結びつける輩まで居る。
都会と言うのは、文化的成熟を迎えた都市の事を言うのであって、
高い建物が立ち並ぶ光景を言うのではない、と思うのだが。
マンションが立ち並ぶだけの、ハリボテシティになりかねないのが、心配。
殊にも、「マンション誘致のための新開発?」と思われるのが、
今まさに開発が進んでいる、盛岡駅西口である。
いま、盛岡で「城下町」が謳われるのはナゼか。
お上が岩手公園に、無理やり「盛岡城跡公園」って別名を付した事を、正当化するためなのか。
そうではないと信じたいが、だとすれば、どうしようもない発想だと思う。
確かに、盛岡は「かつての城下町」を中心に広がった都市だ。
が、今盛岡を歩いたところで、城下町の面影を見つけるのは難しい。
無くは無いが、他の城下町と比べると明らかに少ない。劣る。
それは、他都市が「城下町」を「謳い続けてきた」からだ。
ずっとずっと。
だが、盛岡は、それをしてこなかった。
一時の新幹線開通に追われて、ついには「東京〜盛岡」が直結したことにぬか喜び。
盛岡にさほど大きな企業の本社は少ないが、いわば「国鉄城下町」的な、
国鉄時代から始まる恩恵で生きてきたきらいはある。
それにもかかわらず、盛岡駅前(東口)ですらも発展しなかった。
20年も経って、今さら「盛岡駅西口開発」なのである。
他方、駅周辺の発展が遅れたのは、
本来の意味での「城下町」意識が抜けなかったからでもある。
結果、市街地のめざましい発展は進まなかった。
市街地が広がったのはナゼかといえば、某百貨店が肴町から菜園に移転したというただ一つの理由だけだろう。
この事実が無ければ、盛岡は今より貧相な町になっていたはずだ。
これは、往年の西武のように、街づくりを意識してきた某百貨店の功績である。
駅を降りて、「盛岡城」だった「岩手公園」に到るまでに、
「城下町的なもの」にはお目にかからない。
これは、シティセールスとしては大変な問題である。
「盛岡は城下町」と謳う人々は、
「城下町を謳う割には全然城下町っぽくない盛岡」に、気づくべきじゃないのか、と思う。
遠野に行けば、新たな建物でさえ城下町っぽい町並みがある。
花巻に行けば、城門そのものがある。
水沢に行けば、はっきりと城郭の分かる表示がある。
一関に行けば、藩主ゆかりのメジャーなお土産(お菓子)がある。
他県に行けば、史料館や騎馬像や、城そのものがある。
にもかかわらず、盛岡では「らしきもの」が見当たらない。
ここで、「岩手公園なんて名前じゃ盛岡城だってことが分からない」というのは、順序が違う。
あの石垣を見て、城だと思わない人がおかしいでしょ、普通。(笑)
つまりは、岩手公園の石垣を見ても城だと思えないくらい、
盛岡には「城下町テイスト」が無いってことじゃないの?
実のところ、その昔、盛岡になんという殿様が居たのかすら、印象は稀薄である。
地元に居る人は何も感じないだろうが、そんな「常識」さえも観光客からは常識ではないのだ。
看板一つ二つでは、到底周知できるものではない。
そんな看板すら、どこにあるのか分からないのだが。
中津川岸に、鶴の家紋があしらわれたベンチがあるが、
あれだって、知らない人が見たらただのデザインに過ぎない。
なんでここに「かつての殿様の家紋です」説明がないのか?
そういうひと手間が、盛岡には欠けている。
世代交代によって、「盛岡は城下町」だという意識は急速に薄れつつある。
そんな中で、「盛岡城跡公園」という「お上押し付けの別称」が決められたのだと思うが、
それでことたれり、という発想なのだとすれば、残念至極。
さながら、城下町時代への回帰のごとく、
「岩手」の名を剥がし取って封印を解いた、ぐらいの気持ちでやってるのかもしれないが。
それだけ城下町としてのステイタスを保ちたいならば、
もっと「城下町っぽさを出す演出」が必要だと、思うけどね。
2007.08.05
追い風に追われて
全国高校サッカーで、岩手代表の遠野高校が初優勝したのに始まり、
NHKで岩手を舞台にした連続ドラマ「どんど晴れ」がスタート、
「盛岡さんさ踊り」の太鼓数でのギネスブック承認、
北東北デスティネーションキャンペーンで岩手を含む北東北がPR、
などなど、今年に入ってからの「追い風」が強い。
もっとも、これまで盛岡・岩手という地域は
足元の評価に懐疑的・もしくは自虐的で、
「追い風」というものには全く慣れていない。
他から評価されることをこそばゆく思い、
自ら手を挙げてその名を高めたり売り込んだりするのは、本当に下手くそだ。
それが、この地域にある「奥ゆかしさ」であり、「恥じらい」であることは、百も承知。
だが、世界の中のお人よし国家「日本」と同じで、
各地が声高に「お越しやす」「来てけらっしぇ」と叫んでいる中で、
盛岡人は、なかなか「おでってくなんせ」と言えない。
あらゆる「観光地的なもの」、つまりはご当地グッズがならんだお土産店とか、どこの国だか分からないペンションの立ち並ぶリゾートとか、
そういうものが現代人が求める観光ではなくなっているのだが、
依然としてそういった「残影」が消えないからだと思う。
盛岡・岩手には、そういったものが元来稀薄。
今、それが劣等感を持つようなコンテンツの不足ではない。
「観光」のカタチは、確かに変わっているのだ。
「追い風」に乗るように、近頃盛岡ではホテルの建設ラッシュである。
これは、「盛岡と他地域を往来する人が増える」という
至極真っ当な企業の判断、推測によるものである。
これまで、企業の進出など決して多くなかったこの地に、
敢えて新たに店舗を設けようと言うのは、大変な判断だ。
やはり、「情報・イメージの力」と言うのは偉大だと感じる瞬間ではある。
テレビやウェブで盛岡が取り上げられることも増えた。
実際に町が変わったというより、情報が「盛岡像」を変えたのである。
およそ、観光客はもとよりビジネスマンの往来が多いとも思えないが、
「将来性に投資」という意味では、行政もホテル業界も、
この事実をしっかりと受け止めねばなるまい。
いま、盛岡という地域がそうした評価を受け始めているということである。
いつもタイミングを逃してしまうこの地が、
ここでどこまで邁進できるのか、見ものではある。
NHKで岩手を舞台にした連続ドラマ「どんど晴れ」がスタート、
「盛岡さんさ踊り」の太鼓数でのギネスブック承認、
北東北デスティネーションキャンペーンで岩手を含む北東北がPR、
などなど、今年に入ってからの「追い風」が強い。
もっとも、これまで盛岡・岩手という地域は
足元の評価に懐疑的・もしくは自虐的で、
「追い風」というものには全く慣れていない。
他から評価されることをこそばゆく思い、
自ら手を挙げてその名を高めたり売り込んだりするのは、本当に下手くそだ。
それが、この地域にある「奥ゆかしさ」であり、「恥じらい」であることは、百も承知。
だが、世界の中のお人よし国家「日本」と同じで、
各地が声高に「お越しやす」「来てけらっしぇ」と叫んでいる中で、
盛岡人は、なかなか「おでってくなんせ」と言えない。
あらゆる「観光地的なもの」、つまりはご当地グッズがならんだお土産店とか、どこの国だか分からないペンションの立ち並ぶリゾートとか、
そういうものが現代人が求める観光ではなくなっているのだが、
依然としてそういった「残影」が消えないからだと思う。
盛岡・岩手には、そういったものが元来稀薄。
今、それが劣等感を持つようなコンテンツの不足ではない。
「観光」のカタチは、確かに変わっているのだ。
「追い風」に乗るように、近頃盛岡ではホテルの建設ラッシュである。
これは、「盛岡と他地域を往来する人が増える」という
至極真っ当な企業の判断、推測によるものである。
これまで、企業の進出など決して多くなかったこの地に、
敢えて新たに店舗を設けようと言うのは、大変な判断だ。
やはり、「情報・イメージの力」と言うのは偉大だと感じる瞬間ではある。
テレビやウェブで盛岡が取り上げられることも増えた。
実際に町が変わったというより、情報が「盛岡像」を変えたのである。
およそ、観光客はもとよりビジネスマンの往来が多いとも思えないが、
「将来性に投資」という意味では、行政もホテル業界も、
この事実をしっかりと受け止めねばなるまい。
いま、盛岡という地域がそうした評価を受け始めているということである。
いつもタイミングを逃してしまうこの地が、
ここでどこまで邁進できるのか、見ものではある。
2007.08.04
あなたが変われば
8月1日から開催中の「盛岡さんさ踊り」パレードに、
ご当地ドラマ「どんど晴れ」のご一行が加わったらしい。
旅館「加賀美屋」としてお祭りに参加したという設定で、
PRというよりは、あくまでもロケ撮影だったのだろう。
事前のお触れは公式には無かったようだ。
本部はアナウンスしてしまったようだが。
スタートラインを過ぎて、岩手県庁から「岩手県チーム」に合流し、
本部席を過ぎる直前でパレードを抜けたそうである。
というわけで、お歴々はその姿を見ることが出来ず?
今年のさんさ踊り、人出の方は如何ばかりか分からないが、
3日のパレードで驚いたことが結構ある。
各団体のパレードが行き過ぎる合間を、
子どものみならず、いい年こいたオトナたちが平気で横切ってゆく。
踊り手や太鼓が整然と並ぶ隙間を狙って、
一人が行けばそれに続く、一般観覧者の小走り・・・。
それが邪魔だとか、進行の妨げになるとか、考えないのだろうか?
この数日は、横断歩道の無い場所を平気で横切っていく若者も多く、
「信号機もないような田舎から来た子たち」だと
タクシーの運転手氏は笑ったが、それにしてもこれはひどい。
実際、宵闇の盛岡駅「滝の広場」のあたりから、「松屋」「みうら果実」を
目指して走る子がぞろぞろと現れて、一瞬肝を冷やした。
まさに一触即発である。
驚いたのは、こればかりではない。
沿道のゴミの多さには、辟易した。
これには、主催者側が臨時のゴミ置き場を設置する配慮が足りなかったこともあると思うが、
植え込みや自動販売機の傍らに堆く積まれたごみの量・・・。
「おもてなしの心」も大切だが、観光客を迎えるということは、
「旅の恥はかき捨て」という古くからの悪しき言葉を
正面から受け止めることでもあるのだ。
もっとも、ここ数日の人の動きを見ると、
普段から盛岡にこれぐらいの活気があれば、とも思う。
段々、仮装コンテストみたいになってるきらいはあるが(笑)、
伝統さんさの羽織姿は、よき伝統を受け継ぐ心意気を感じさせて頼もしい。
「同じ踊りばかり続く」と非難されたパレードも、
この「伝統さんさ」を織り交ぜることで解消したようだ。
一方で、企業参加のパレカ(花車)はめっきり寂しくなったのではないだろうか?
これも、岩手県の景気をそのまんま反映させているのか?
一方、こんな動きもある。
岩手公園で行なわれた「さんさ踊りの競演会」では、
それが有料入場だと知らない観光客が憤慨していたようである。
また、勝手に写真を撮るな、と言われた人もいるらしい。
さらに「公共の場である一般の公園でカネを取るとは何事か」と。
確かにその通りである。
屋内施設で競演会をするならともかく、
屋外の公共の場、誰もが立ち入れるはずの場所で
音はすれど、その先は有料です、なんてどうなんだ?
これが民間企業の店先でのイベントならともかく。
これでは、観光客も興ざめだ。
そもそも、岩手公園で競演会やってるなんて知らなかったわけだが。
PR不足も痛い。
盛岡さんさ踊り最終日の今日、
JTが「ひろえば街が好きになる運動」を開催。
(このタイトルは結構すき)
テレビCMで頻繁に見かけていたのだが、
よくよく調べたら、祭りのあとじゃなくて、前にやるんだね・・・。
お間違い無いように。
ご当地ドラマ「どんど晴れ」のご一行が加わったらしい。
旅館「加賀美屋」としてお祭りに参加したという設定で、
PRというよりは、あくまでもロケ撮影だったのだろう。
事前のお触れは公式には無かったようだ。
本部はアナウンスしてしまったようだが。
スタートラインを過ぎて、岩手県庁から「岩手県チーム」に合流し、
本部席を過ぎる直前でパレードを抜けたそうである。
というわけで、お歴々はその姿を見ることが出来ず?
今年のさんさ踊り、人出の方は如何ばかりか分からないが、
3日のパレードで驚いたことが結構ある。
各団体のパレードが行き過ぎる合間を、
子どものみならず、いい年こいたオトナたちが平気で横切ってゆく。
踊り手や太鼓が整然と並ぶ隙間を狙って、
一人が行けばそれに続く、一般観覧者の小走り・・・。
それが邪魔だとか、進行の妨げになるとか、考えないのだろうか?
この数日は、横断歩道の無い場所を平気で横切っていく若者も多く、
「信号機もないような田舎から来た子たち」だと
タクシーの運転手氏は笑ったが、それにしてもこれはひどい。
実際、宵闇の盛岡駅「滝の広場」のあたりから、「松屋」「みうら果実」を
目指して走る子がぞろぞろと現れて、一瞬肝を冷やした。
まさに一触即発である。
驚いたのは、こればかりではない。
沿道のゴミの多さには、辟易した。
これには、主催者側が臨時のゴミ置き場を設置する配慮が足りなかったこともあると思うが、
植え込みや自動販売機の傍らに堆く積まれたごみの量・・・。
「おもてなしの心」も大切だが、観光客を迎えるということは、
「旅の恥はかき捨て」という古くからの悪しき言葉を
正面から受け止めることでもあるのだ。
もっとも、ここ数日の人の動きを見ると、
普段から盛岡にこれぐらいの活気があれば、とも思う。
段々、仮装コンテストみたいになってるきらいはあるが(笑)、
伝統さんさの羽織姿は、よき伝統を受け継ぐ心意気を感じさせて頼もしい。
「同じ踊りばかり続く」と非難されたパレードも、
この「伝統さんさ」を織り交ぜることで解消したようだ。
一方で、企業参加のパレカ(花車)はめっきり寂しくなったのではないだろうか?
これも、岩手県の景気をそのまんま反映させているのか?
一方、こんな動きもある。
岩手公園で行なわれた「さんさ踊りの競演会」では、
それが有料入場だと知らない観光客が憤慨していたようである。
また、勝手に写真を撮るな、と言われた人もいるらしい。
さらに「公共の場である一般の公園でカネを取るとは何事か」と。
確かにその通りである。
屋内施設で競演会をするならともかく、
屋外の公共の場、誰もが立ち入れるはずの場所で
音はすれど、その先は有料です、なんてどうなんだ?
これが民間企業の店先でのイベントならともかく。
これでは、観光客も興ざめだ。
そもそも、岩手公園で競演会やってるなんて知らなかったわけだが。
PR不足も痛い。
盛岡さんさ踊り最終日の今日、
JTが「ひろえば街が好きになる運動」を開催。
(このタイトルは結構すき)
テレビCMで頻繁に見かけていたのだが、
よくよく調べたら、祭りのあとじゃなくて、前にやるんだね・・・。
お間違い無いように。
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