今年から「みちのくミステリー映画祭」が、無くなった。
というより、諸般の事情により、この名を掲げることが出来なくなったようである。

今年から名称が、「いわて盛岡映画祭」になったという。
その名の通り、ミステリーにこだわらない内容のようである。
「みちのく(東北地方)」と言うスケールから「いわて(岩手県)」への縮小、と取ればいいのだろうか?

まぁ、そのあたりは言葉のアヤである。

気になるのは、なぜ単に「盛岡映画祭」ではないのか、ということだ。
フィーリングの問題だろうか、こちらの方が語呂も落ち着きもいい。
盛岡というピンポイントのお祭りなんだから、何も岩手という広大な大地を標榜しなくて良いような気がする。
「いわて」と「盛岡」が並ぶと、どうも焦点がぼやける。
「岩手盛岡」だと、いかにも不自然だから「いわて盛岡」なんだと思うが、もはや「いわて」が必要なのかって話である。
それは、何についてもであるが。(「いわて花巻空港」とかさ)

勝手な推論だが、「岩手のみんなで盛り上げていこう」ってな心意気なのかも知れぬ。
「どうせ盛岡だけのお祭りでしょ」という批判を避ける意味もあるのかもしれない。

が、ごく私的な感情ながら、「岩手」「盛岡」が並んでいることに凄く違和感を感じている。
どれぐらいの話かというと、「岩手県盛岡市」っていう住所表記の字面に対してすら、既に違和感を感じている次長なのである。
それぐらい根本的な話だから、映画祭の例を出したのに他意はないことを付け加えておく。

この違和感は、
よそ者が福岡市を漠然と「博多」と呼ぶのに対する違和感に近い。
確かに最大のターミナルは「博多駅」だが、
福岡市民は誰もが自らを「博多っ子」と呼んだりしないし、
それは「福岡市博多区」というエリアに限った話である。
次長が福岡に居た頃、その感覚はまさに「よそ者」そのものであった。

NHK連続テレビ小説が放送されている間、
「どんどはれの舞台 岩手・盛岡」と言うのぼりが多くあった。
かたや、JR他が駅構内で進めているキャンペーンののぼりには
「美し国 伊達な旅 仙台・宮城」とある。

前者と後者とでは、ご覧の通り県名と市名とが逆表記。
政令指定都市だからと言えばそれまでだが、
それでも県名に先んじて市名が先行する仙台、これは明らかに意図的なものである。

これより後の話ではあるが、
例の社会保険庁問題で、宮城県大崎市が度々取りざたされた。
が、かなりの割合で、テレビキャスターがこれを「宮【崎】県大崎市」と取り上げるのを見聞した。
それぐらい、宮城県というのはマイナーな県なんだと思った。
かたや、県知事が広報推進に躍起な宮崎県、
鹿児島県川内(せんだい)市はその響きを返上し、薩摩川内市に改称。
宮城県の知名度は没落の一途、仙台市とは反比例の動きである。

余談ではあるが、
東北自動車道の「仙台宮城インターチェンジ」は、旧宮城町(現在の仙台市青葉区)にあり、
仙台市は宮城野区を置くことで、「宮城」の名を内包した。
歴史で言えば「宮城」が古いのだろうが、全国的知名度と主導権で「仙台」を選択したのである。

これは、「三陸海岸」の知名度が断然高いのに「陸中」のままでいる陸中海岸や、
盛岡城の認知度を上げんがために「岩手公園」の名を手放そうとする動きとは正反対である。

通例、政令指定都市は県名を冠しなくなる事が多い。
北海道札幌市、よりは札幌市白石区、
兵庫県神戸市、よりは神戸市灘区、
愛知県名古屋市、よりは名古屋市熱田区。
県名を掲げるとおぼろげなイメージが、冠が取れるとすっきりスマートになる。
横浜市は「横浜市神奈川区」が一宿場であった神奈川宿の名を内包している。
横浜がかつて、宿場から遠く離れた漁村(開国はするものの、宿場町に外国人が往来するのは堪らないという幕府の判断らしい)であったことを思えば、逆転現象である。

政令指定都市以外でも、掲げる文字でイメージが変わる。
「石川・金沢」だと「寒くて日本海の荒波ザッバーン」だが、
単に「金沢」だと、「豪華絢爛金箔仕上げ」に早変わり。

「盛岡」で何をイメージするかっていると結構悩ましいが、
「岩手」が先行すると余計ややこしくなる。
果たして、「岩手県盛岡市」で何をイメージできるか、という問題だ。

「盛岡・岩手」に変えたからどうだ、とは言わないが、
盛岡の知名度で岩手エリアを引っ張っていく、ぐらいの心積もりは欲しいものである。
そもそも、岩手というのは「岩手郡」のことであって、岩手県全体を指し示す言葉ではない。

岩手県全体を指し示す言葉、それは後にも先にも、「イーハトーブ」だけだというのが事実。
そんな事実にぶちあたると、結構驚愕である。
かといって、「理想郷」を示すその言葉を、安易に使うこともどうかと思うわけで・・・。
2007.10.08 戦国時代?
車を運転していて、随分と目障りなものがある。

前にもお伝えしたかと思うが、
例の「のぼり」の多さである。

新規オープンの店舗を始め、パチンコ店は常日頃から。
その他チェーン店その他の内容を問わず、
どこもかしこも「のぼり」で一杯。

戦国時代かよ!

と総ツッコミを入れて憚らないこの多さは、正に非常事態である。

看板の表示を制限している景観条例は多いが、
この「可動」な看板たる「のぼり」は、何とかならないのか。
よもや美しいとか楽しいとか思っている人が居るとは思いたくないが、
それにしても岩手県人、感覚がぶれてきているぞ!?

山紫水明の地に、伸びやかなカーブを描く道路。
その両脇に、延々と続くのぼり。
はっきり言って、興醒めである。
これからの紅葉シーズン、錦織りなす山々に失礼。

例えそれが「交通安全」を訴えるものであっても、
目的が良ければ免罪符になるとは思わない。
まして、「なんとかセール開催中」とか、
「激安爆安」だったりして、
それが当たり前のように、公道に並べてる店員を見ると悪寒がする。

それだけで苦痛。
それだけでがっかり。

さらに驚くのは、「橋の欄干に取り付ける愚行」である。
いつ、誰がどうした過程で許可したのかも知らないが、
橋の両欄干にずらーーーーっとのぼりが立っていて度肝を抜かれた。
内容は、とあるスポーツ大会だったと記憶している。

盛南大橋の欄干は、戦国時代であった。

道路も橋も同じく公共財産だが、
殊に景観を左右する大きな存在である橋に、そんなことをするのが
それを監視する側の「役所」でないことを祈るばかりである。

近頃、盛岡市内にはゲリラ的に映画やコンサートのポスターを無断で掲出して、
それが終わっても何のフォローもなく野ざらしにされている例が目に付く。
これを取り締まる動きが薄いのは、そもそもそんなことをする人間が居なかったからだ。

が、今は違う。
そうしたイベントも増えたからだろうが、
「景観」を重視するという風潮が薄れているのも、また事実。
より多くの観光客を迎えようと言うのなら、
歓迎の意味で掲げたのぼりが、思わぬ迷惑になっていることを自覚すべきだろう。

盛南大橋が戦国時代だったその日、
「杜の大橋」も戦国時代だったことを、申し添えておく。
景観についての論議が、高まっている。

世界遺産登録を目指す、岩手県平泉町では、
県も町も「イコモス様」対策におおわらわ。
彼らが帰ってもなお。

何しろ、観て感じて分かる「遺産」部分が圧倒的に少ないのである。
「ほにゃらら跡」とかいった建造物群や、
「浄土思想」という目に見えぬ宗教観の伝達。
これは、失われたのが惜しいほどの規模であり崇高な願いでこそあれ、
「現代化」という僅かな時間での移り変わりによって、
大変な変貌を遂げているのである。

突然、平泉町周辺の環境(平たく言えば道路)整備が進んだかと思ったら、
今度は「良からぬ看板」「好ましくない自販機」への
静かなる物言いが、始まったようである。

「自主的」というカタチで、社会への影響力を重視する企業は動く。
看板の撤去や、自販機の「好ましい色」への塗り替えである。

が、とは言え民間企業。そうした良識はもっと高く評されるべきで、
「やって当たり前」では無いことを官民ともに認識すべきである。
いくら地域のためとは言え、自腹を切って地域へ貢献するのは大変なこと。
お上が言うから、というのは本義的な理由では無いのだから。

つまるところ「平泉」は、
今後「岩手県を象徴するイメージ」になるんだろう。

岩手県に同名の「岩手市」は無し、
岩手県と盛岡市のイメージは繋がらず。
岩手県も盛岡市もおぼろげな位置関係で、
りんごの青森や美人の秋田ほど、特筆するほどのイメージが見えない。

岩手県のど真ん中、岩手県庁を抱える盛岡市に居ても、
正直なところ、岩手県を意識することはあまりない。
「盛岡」という狭く集約的な社会で生きているから、
岩手と言う「壮大な地域」へ思いを致すに至らないのである。
が、これが岩手にも盛岡にも、良くない。

知名度が低くて共倒れ状態。
近頃「どんど晴れ」で盛岡の架空のイメージは醸成できたが、
これが岩手という広大な土地となると、
盛岡一点では語りつくせないものとなる。
ところが、盛岡市民は実体以上に盛岡の知名度が全国的に高いはずだと信じている。

「どんど晴れ」が言及したのは「岩手・盛岡」とは言ってもやはり「盛岡周辺」で、
いわゆる「県北」「県南」「三陸沿岸」には一切及んでいないのである。
「岩手・盛岡」と表記すること自体、難しい場合が多いのではないか。

県北地方はまるで関係なさそうだが、
岩手県内に「平泉」に関連性を持つ地域は多いし、
何しろお墨付きを与える相手が「世界」である。
世界が認めれば、日本国内でも認められるだろう、という算段。
盛岡よりも、ワールドワイドな訴求性があるというわけだ。

「岩手県」という広大無比な行政単位が存在していることに、そもそもの無理を感じるのだが、
ここに来て「道州制」を語る政治家が首をもたげてきたから、これには興味が尽きない。

盛岡近郊ならともかく、「岩手」と言う言葉に
県の北や南の端っこの地域は、シンパシーを感じているのだろうか。
または、海沿いの広いエリアに展開する市町村にしろ、
「岩手県」という言葉でまとまれるほど、一体感を憶えているのだろうか?
「盛岡市」に対しても、さほど親近感は湧いていないだろう。
北の端の岩手県久慈市の人々は、青森県八戸市へ買い物に行く。
南の端の岩手県一関市の人々は、宮城県仙台市のテレビを観ている。
もはや、というよりもとより、岩手県は幻想で成り立っている県なのだ。

「岩手県」は、必要ないと思う。
広域合併が進むこの時代、猫も杓子も「市」になってしまって、
もはや「郡」が必要ないという意見があるが、
むしろ「県」こそ必要ないような気がする。

住所表記に「郡」は意味を成さなくなっているが、
それでもクルマも無い頃の行政区、やはりこの境界は
「気候の境目」を感じさせる実感がある。

かたや県は、せいぜい江戸時代が終わって、
なんとなく思いつきでつくったようにしか思えない。
事実、今でも東北地方では、
藩政時代の境界が文化的に活きていて、それを否定する動きも少ないのではないか? 

広いという意味でも、北海道とは全く背景が違う。
岩手という大きすぎる県が、
統一イメージを全国に発信するというのは、困難であり悲願でもあった。
が、それを平泉という歴史と文化と思想性に満ちた古都の「精神」が代弁しようというのである。

だとしたら、あぶれていくのは「県北・沿岸地域」
つまり、今岩手県が産業・所得などの面で「一番重点的に救済しようとしている地域」なのだ。
これは本当に、ジレンマだと思う。
岩手という県が背負わされた運命でもあるが、
そもそも、このエリアが一つにさせられている矛盾を、今尚感じざるを得ない。

改めて、「岩手県」という地域そのものが、幻想を背負わされた劇中の存在に思えてならないのだ。
例えばこの岩手県が、「県北・沿岸地域」を別の県として客観視できる状態だったなら、
後者は今、ここまで苦境に立たされていなかった気がする。
「県北・沿岸地域」に独自の県庁所在都市があったら、ここまで衰退することは無かっただろう。
例えば、八戸市がその首府としてあれば。

歴史に「もし」は禁物だが、
この岩手県が今まで「一関(平泉)県」「盛岡県」「八戸県」に分かれて存続していたら、
それぞれに「均衡ある発展」が実現されていたのではないだろうか。