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2008.04.12
セブンイレブン、盛岡へ。
無ければ無いで、困らない。
あったらあったで、そりゃ便利。
今やそんなポジションに落ち着いたかに見える「コンビニ」について、
切実なほど必要性を感じる瞬間があった。
次長、先日【マチナカ】で手持ち残高が激減していることに気づき、
「キャッシュディスペンサー」を探したのである。
セゾンのがあったかなぁぐらいのうろ覚えだったが、
結果、どこにも見つけられなかった。
そう言えばコンビニがあった、と3軒の別系統な店舗に入るも、
一向に見当たらない。で、そこで思い出したんだけど・・・
盛岡って、コンビニATMないのね。
分かってたことだけど、
つい人間って便利な方に傾く生き物だから、そういう感覚が抜けていたのです。
銀行が開いているうちにお金を下ろす、
それも手数料が少ない時間帯に出かけて下ろす、
そういう感覚って悪くは無いんでしょうけど、
消費者から言わせて貰えば、随分銀行本位の発想なわけで。
立ち寄ると、つい無駄遣いしてしまうコンビニ。
でも、こんな瞬間にいとおしく思えてしまうコンビニ。
【マチナカ】活性化のためには、必要なんじゃないの?
コンビニATM?
キャメルマートの誕生、
スパーの盛衰、
ローソンの来襲、
サンクスの浸透、
ファミリーマートの奇襲と来て、
ミニストップの登場を待たずに
いよいよやってきたという、御大「セブンイレブン」
盛岡って、結構コンビニ戦争が激しかったようで。
盛岡出店のセブンイレブンが、銀行提携のATMを提案すると、
おのずと金融の流れも変化してゆくのではないかな?
次長が知っている「セブンイレブンの盛岡での進出先」は、
まずもって【郊外】と目されながら急成長を遂げる地域だけれど、
やっぱり、既存のコンビニを喰らう勢いで増加するのだと思う。
角地、突き当たり、幹線沿い、
大手流通が焦点を定めるところばかりだ。
盛岡の風景にセブンイレブンが定着する日も、そう遠くない。
あったらあったで、そりゃ便利。
今やそんなポジションに落ち着いたかに見える「コンビニ」について、
切実なほど必要性を感じる瞬間があった。
次長、先日【マチナカ】で手持ち残高が激減していることに気づき、
「キャッシュディスペンサー」を探したのである。
セゾンのがあったかなぁぐらいのうろ覚えだったが、
結果、どこにも見つけられなかった。
そう言えばコンビニがあった、と3軒の別系統な店舗に入るも、
一向に見当たらない。で、そこで思い出したんだけど・・・
盛岡って、コンビニATMないのね。

分かってたことだけど、
つい人間って便利な方に傾く生き物だから、そういう感覚が抜けていたのです。
銀行が開いているうちにお金を下ろす、
それも手数料が少ない時間帯に出かけて下ろす、
そういう感覚って悪くは無いんでしょうけど、
消費者から言わせて貰えば、随分銀行本位の発想なわけで。
立ち寄ると、つい無駄遣いしてしまうコンビニ。
でも、こんな瞬間にいとおしく思えてしまうコンビニ。
【マチナカ】活性化のためには、必要なんじゃないの?
コンビニATM?
キャメルマートの誕生、
スパーの盛衰、
ローソンの来襲、
サンクスの浸透、
ファミリーマートの奇襲と来て、
ミニストップの登場を待たずに
いよいよやってきたという、御大「セブンイレブン」
盛岡って、結構コンビニ戦争が激しかったようで。
盛岡出店のセブンイレブンが、銀行提携のATMを提案すると、
おのずと金融の流れも変化してゆくのではないかな?
次長が知っている「セブンイレブンの盛岡での進出先」は、
まずもって【郊外】と目されながら急成長を遂げる地域だけれど、
やっぱり、既存のコンビニを喰らう勢いで増加するのだと思う。
角地、突き当たり、幹線沿い、
大手流通が焦点を定めるところばかりだ。
盛岡の風景にセブンイレブンが定着する日も、そう遠くない。
2008.04.07
会津への謝罪
ウェブニュースをご覧の皆様はよくご存知だろうが、
4月8日に、TBSが会津若松市をはじめとする関係機関と市民に対し、
お詫び放送をするのだそうである。
事の発端は、
TBSが放送したテレビ番組のクイズ問題で、
「戊辰戦争で旧幕府軍(会津藩)が城を明け渡した理由」について、
正答を「糞尿が貯まったから(不衛生になって)」とし、
城内の人々を「降伏」ではなく「逃げ出した」と表現したこと。
番組そのものをTBSが創ったのかどうかはともかく、
全国へ向けてそうした内容を「正しい」と送出してしまった責任はあるのだろう。
そしてまた、ここに「歴史認識」という非常に難しいテーマがあることを思うのだ。
とかく、こうした問題は諸外国の、
特に宗教議論や対立の著しい地域のものだと考えられ、
日本国内でそうしたわだかまりがあるという認識は、正直低いと思う。
いや、あるいは北海道や沖縄では逆に強いのかもしれない。
日本の歴史の表舞台に立ってきた奈良・大阪・京都はじめ、
支配と被支配の間で揺れた全国のほとんどは、お国意識は実のところ強いのだろう。
逆を言えば、東京だけが突出しているのかも知れない。
いわゆる公武合体で、最終的に可もなく不可もない首都に祭り上げられた結果、
経済先進地域の西日本から見れば「東に偏った」、
被支配の歴史を重ねた北日本から見れば「適度に程近い」、
全体とすればベストポジションでリベラルな一点である。
そんな東京のリベラルさが仇になった
ともいえる、この一件。
なんとも物悲しい側面をも背負っている。
制作した側は、よもやそうした批判を受けるなどと考えもしなかったと思う。
この平成のご時世において、江戸時代の人々の気概がどーこーなんて・・・・ってくらいか?
実際、ネット上では「100年も前のことを」なんていう意見も確かに見える。
ただ・・・・たかだか100年ちょっと前にそんなことがあった日本って凄くない??
それから100年なんて、決して遠い話ではないと思う。
会津には苦難の歴史のなかにも誇り高く生きた人々の伝承がある。
そこで開城原因を一つに限定し、逃げ去ったと面白おかしく説かれては、
会津若松の人々が憤慨するのも無理は無い。
現代人、特にネットで世界と情報共有が最初から当たり前な若年層だと、
むしろ世界と身の回りの違いが見えなくて、
アイデンティティが薄いんだろうなと思う。
明治の初め、会津若松が今の福島県で一番の都市だったのに、
県庁の所在地にされなかった理由、
福島県が会津県にならなかった理由、
会津に国立大学が置かれなかった理由、
それは「会津が賊軍呼ばわりされて辛酸を嘗めた結果」という認識が
会津の地には生きている。
一方で、それをバネにして会津を高めようという意識もまた、生まれているわけだ。
そういう奥深いところから「歴史認識」は現代まで続いているわけで、
「歴史に”もしも”は無い」とか「そんなの荒唐無稽」といい始めたら、キリがなくなる。
結局のところ、「開城した理由」を辱められるのも、敗者と目された結果なのだから。
会津若松市の、鶴が城に対する思いは格別である。
だって、「tsurugajo.com」ってドメインまで持ってるんだからさ・・・・。
これ観りゃ、一連の流れが一発で早分かり。
城についての記述も薄けりゃ、関連展示物を置く博物館も無いどこかの市とは段違い。
それでいて、公園の名前だけ先行して変えますよ!と息巻かれても、ねぇ。
会津は連綿として、一つに貫く誇りを守り、現代に到るまで脈々とそれを息づかせている。
そうした意識が市民サイドにも無ければ、TBSほどの大企業を揺り動かす力にはならないだろう。
それを受け止めるTBS側の姿勢も、あっぱれだと次長は思うが・・・・。
こうした温度差を、異動を通じ身にしみて感じる次長なのでした。
会津っぽ、さすがです・・・・。
4月8日に、TBSが会津若松市をはじめとする関係機関と市民に対し、
お詫び放送をするのだそうである。
事の発端は、
TBSが放送したテレビ番組のクイズ問題で、
「戊辰戦争で旧幕府軍(会津藩)が城を明け渡した理由」について、
正答を「糞尿が貯まったから(不衛生になって)」とし、
城内の人々を「降伏」ではなく「逃げ出した」と表現したこと。
番組そのものをTBSが創ったのかどうかはともかく、
全国へ向けてそうした内容を「正しい」と送出してしまった責任はあるのだろう。
そしてまた、ここに「歴史認識」という非常に難しいテーマがあることを思うのだ。
とかく、こうした問題は諸外国の、
特に宗教議論や対立の著しい地域のものだと考えられ、
日本国内でそうしたわだかまりがあるという認識は、正直低いと思う。
いや、あるいは北海道や沖縄では逆に強いのかもしれない。
日本の歴史の表舞台に立ってきた奈良・大阪・京都はじめ、
支配と被支配の間で揺れた全国のほとんどは、お国意識は実のところ強いのだろう。
逆を言えば、東京だけが突出しているのかも知れない。
いわゆる公武合体で、最終的に可もなく不可もない首都に祭り上げられた結果、
経済先進地域の西日本から見れば「東に偏った」、
被支配の歴史を重ねた北日本から見れば「適度に程近い」、
全体とすればベストポジションでリベラルな一点である。
そんな東京のリベラルさが仇になった
ともいえる、この一件。
なんとも物悲しい側面をも背負っている。
制作した側は、よもやそうした批判を受けるなどと考えもしなかったと思う。
この平成のご時世において、江戸時代の人々の気概がどーこーなんて・・・・ってくらいか?
実際、ネット上では「100年も前のことを」なんていう意見も確かに見える。
ただ・・・・たかだか100年ちょっと前にそんなことがあった日本って凄くない??
それから100年なんて、決して遠い話ではないと思う。
会津には苦難の歴史のなかにも誇り高く生きた人々の伝承がある。
そこで開城原因を一つに限定し、逃げ去ったと面白おかしく説かれては、
会津若松の人々が憤慨するのも無理は無い。
現代人、特にネットで世界と情報共有が最初から当たり前な若年層だと、
むしろ世界と身の回りの違いが見えなくて、
アイデンティティが薄いんだろうなと思う。
明治の初め、会津若松が今の福島県で一番の都市だったのに、
県庁の所在地にされなかった理由、
福島県が会津県にならなかった理由、
会津に国立大学が置かれなかった理由、
それは「会津が賊軍呼ばわりされて辛酸を嘗めた結果」という認識が
会津の地には生きている。
一方で、それをバネにして会津を高めようという意識もまた、生まれているわけだ。
そういう奥深いところから「歴史認識」は現代まで続いているわけで、
「歴史に”もしも”は無い」とか「そんなの荒唐無稽」といい始めたら、キリがなくなる。
結局のところ、「開城した理由」を辱められるのも、敗者と目された結果なのだから。
会津若松市の、鶴が城に対する思いは格別である。
だって、「tsurugajo.com」ってドメインまで持ってるんだからさ・・・・。
これ観りゃ、一連の流れが一発で早分かり。
城についての記述も薄けりゃ、関連展示物を置く博物館も無いどこかの市とは段違い。
それでいて、公園の名前だけ先行して変えますよ!と息巻かれても、ねぇ。
会津は連綿として、一つに貫く誇りを守り、現代に到るまで脈々とそれを息づかせている。
そうした意識が市民サイドにも無ければ、TBSほどの大企業を揺り動かす力にはならないだろう。
それを受け止めるTBS側の姿勢も、あっぱれだと次長は思うが・・・・。
こうした温度差を、異動を通じ身にしみて感じる次長なのでした。
会津っぽ、さすがです・・・・。
2008.04.05
岩手公園廃止?
いくつかのブログにも採り上げられていたが、
花見シーズンを前に、岩手公園周辺が騒がしいようだ。
例の、「岩手公園改称問題」である。
どういった勢力がそれに固執しているのか、定かではないが、
「岩手公園」という呼び名を事実上改め、
「盛岡城跡公園」に変えてしまおう、という行政ぐるみの算段。
「岩手公園」周囲の表示など、すべて「盛岡城跡公園」に着々と変更作業。
他にいくらでもやることはありそうだが、これは優先順位からして先なのか。
中核市に移行しても、結局関係する部署って一部なのか、
あるいは職員に余力があるのか。
言わば、「改称問題」というより「解消問題」と名づくべきか?
「岩手公園」と100年呼び続けられた公園を、
全て解消するという「見えざる手」が、かの地に及んでいるようである。
元は盛岡城なのだから、盛岡城跡と呼ぶのは悪くない。
しかし、岩手公園と呼び親しまれている公園に対して、「盛岡城跡公園」と別名を付す煩わしさは何?
しかもこの動きに反対が多数だったからと「やっぱり愛称ぐらいにしときます」と問題のすり替えでは解決しない。
愛称なのに、なんで「盛岡城跡公園(岩手公園)」と、この順番で並ぶのか。
これは、全く日本語の理解力の問題である。
何が問題なのか、一つの意見として言わせてもらおう。
百年使い続けられた名称を変えるには、それ相当の覚悟が要る。
覚悟とは、「世代間の分断」に対するリスクとメリットへの覚悟だ。
この先、「岩手公園」と呼ぶ世代と「盛岡城跡公園」と呼ぶ世代が乖離する日が来るとしよう。
行政が必死に「岩手公園を解消」して「盛岡城跡公園へ改称」を図れば、
無い話ではない。
その時、「岩手公園」は負となり悪となり、時代遅れな言葉と蔑まれるだろう。
それを使っている人々に対する視線も同化してゆく。
そこに一切の問題はないのか、と言う視点である。
「盛岡城跡公園」という呼び名を若者へ定着させているかに見える動きもあるが、
「岩手公園」を覆す理由は、そこに無いはずだ。
まずもって、名義上の「岩手公園廃止の理由」が、知りたい。
盛岡城であったことを知ってもらうことがメリットを生むと信じてのことなら、
その理由をしっかり説明する必要がある。これは、公に対する説明責任だ。
これを些細な話ととらえるか、重大な話だと考えるか、それはもうセンスの問題だが。
変わるべきものは世の中に多く、変わらないものの方が少ない。
しかし、これは敢えて変える意味が不明なのである。
「岩手公園」に、「盛岡城跡公園」と変える意味が。
「変えるのではない、愛称をつけたのだ」と声高に叫ぶ一方で、やってることに一貫性がない。
結果、二重の命名をして混乱を招くだけだ。
「もりおかしろあとこうえんってどこですか?」って聞かれたら寒々しくて嫌だし、
「もりおかじょうしこうえんってどこですか?」って聞かれても読み方直したりするの面倒。
結局、「岩手公園はですね」って教えて「いや、岩手公園じゃなくてもりおかじょうせきこうえんなんですけど」
って言われたら、もう放置したくなる。(笑)
岩手公園が盛岡城跡であることを知らせたいのは、一体どこの誰なんだ?
で、観光客に対してか、盛岡市民に対してなのか???
世代を超えて共通認識となっている「市民偕楽の地」を、
歴史的認識を高めるために改名して上から押し付けるという思想が、既に封建時代への逆行だ。
岩手公園が盛岡城跡であることをそんなに知らしめたいなら、
「盛岡城跡・岩手公園」で十分。
なんでそんな簡単なことが分からないのか、次長には分からない。
そもそも、盛岡城があったことを知らない市民が多いなら、
そういう教育を施してこなかった市立学校のせいでしょう?
それが一つの理由であり、責任だと思うのだが。
岩手公園は、今から100年前に考案された先人の意志を引き継いでいるからこそ、貴いのだ。
それも100年後も使っている市民がいることの「連続性」が、重いのである。
かたや、お城は400年前からあるが・・・・という意見も当然あるだろう。
が、お城なんざ遥か雲上のもので、庶民が「盛岡城」って呼んでたのかって言うとこれは疑問。
400年の名誉と、100年の史実を足したら、「盛岡城跡・岩手公園」でカタがつく。
巷間の議論を無視して、粛々と「解消手続き」を進める姿は、
多くの先人を顕彰する自治体の姿とは、相容れない。
この先100年後、「コズカタパーク
」なんかに変えられたらどう思う?
その度ごとに歴史は復古したようで断絶してゆくし、
断絶する前例を100年後に示しているわけですよ。
どこへいく? 中核市・盛岡よ。
花見シーズンを前に、岩手公園周辺が騒がしいようだ。
例の、「岩手公園改称問題」である。
どういった勢力がそれに固執しているのか、定かではないが、
「岩手公園」という呼び名を事実上改め、
「盛岡城跡公園」に変えてしまおう、という行政ぐるみの算段。
「岩手公園」周囲の表示など、すべて「盛岡城跡公園」に着々と変更作業。
他にいくらでもやることはありそうだが、これは優先順位からして先なのか。
中核市に移行しても、結局関係する部署って一部なのか、
あるいは職員に余力があるのか。
言わば、「改称問題」というより「解消問題」と名づくべきか?
「岩手公園」と100年呼び続けられた公園を、
全て解消するという「見えざる手」が、かの地に及んでいるようである。
元は盛岡城なのだから、盛岡城跡と呼ぶのは悪くない。
しかし、岩手公園と呼び親しまれている公園に対して、「盛岡城跡公園」と別名を付す煩わしさは何?
しかもこの動きに反対が多数だったからと「やっぱり愛称ぐらいにしときます」と問題のすり替えでは解決しない。
愛称なのに、なんで「盛岡城跡公園(岩手公園)」と、この順番で並ぶのか。
これは、全く日本語の理解力の問題である。
何が問題なのか、一つの意見として言わせてもらおう。
百年使い続けられた名称を変えるには、それ相当の覚悟が要る。
覚悟とは、「世代間の分断」に対するリスクとメリットへの覚悟だ。
この先、「岩手公園」と呼ぶ世代と「盛岡城跡公園」と呼ぶ世代が乖離する日が来るとしよう。
行政が必死に「岩手公園を解消」して「盛岡城跡公園へ改称」を図れば、
無い話ではない。
その時、「岩手公園」は負となり悪となり、時代遅れな言葉と蔑まれるだろう。
それを使っている人々に対する視線も同化してゆく。
そこに一切の問題はないのか、と言う視点である。
「盛岡城跡公園」という呼び名を若者へ定着させているかに見える動きもあるが、
「岩手公園」を覆す理由は、そこに無いはずだ。
まずもって、名義上の「岩手公園廃止の理由」が、知りたい。
盛岡城であったことを知ってもらうことがメリットを生むと信じてのことなら、
その理由をしっかり説明する必要がある。これは、公に対する説明責任だ。
これを些細な話ととらえるか、重大な話だと考えるか、それはもうセンスの問題だが。
変わるべきものは世の中に多く、変わらないものの方が少ない。
しかし、これは敢えて変える意味が不明なのである。
「岩手公園」に、「盛岡城跡公園」と変える意味が。
「変えるのではない、愛称をつけたのだ」と声高に叫ぶ一方で、やってることに一貫性がない。
結果、二重の命名をして混乱を招くだけだ。
「もりおかしろあとこうえんってどこですか?」って聞かれたら寒々しくて嫌だし、
「もりおかじょうしこうえんってどこですか?」って聞かれても読み方直したりするの面倒。
結局、「岩手公園はですね」って教えて「いや、岩手公園じゃなくてもりおかじょうせきこうえんなんですけど」
って言われたら、もう放置したくなる。(笑)
岩手公園が盛岡城跡であることを知らせたいのは、一体どこの誰なんだ?
で、観光客に対してか、盛岡市民に対してなのか???
世代を超えて共通認識となっている「市民偕楽の地」を、
歴史的認識を高めるために改名して上から押し付けるという思想が、既に封建時代への逆行だ。
岩手公園が盛岡城跡であることをそんなに知らしめたいなら、
「盛岡城跡・岩手公園」で十分。
なんでそんな簡単なことが分からないのか、次長には分からない。
そもそも、盛岡城があったことを知らない市民が多いなら、
そういう教育を施してこなかった市立学校のせいでしょう?
それが一つの理由であり、責任だと思うのだが。
岩手公園は、今から100年前に考案された先人の意志を引き継いでいるからこそ、貴いのだ。
それも100年後も使っている市民がいることの「連続性」が、重いのである。
かたや、お城は400年前からあるが・・・・という意見も当然あるだろう。
が、お城なんざ遥か雲上のもので、庶民が「盛岡城」って呼んでたのかって言うとこれは疑問。
400年の名誉と、100年の史実を足したら、「盛岡城跡・岩手公園」でカタがつく。
巷間の議論を無視して、粛々と「解消手続き」を進める姿は、
多くの先人を顕彰する自治体の姿とは、相容れない。
この先100年後、「コズカタパーク
」なんかに変えられたらどう思う?その度ごとに歴史は復古したようで断絶してゆくし、
断絶する前例を100年後に示しているわけですよ。
どこへいく? 中核市・盛岡よ。
2008.04.02
地味にうっかり中核市
盛岡市が、「中核市」になったそうな。
これによって、岩手県の権限が盛岡市へ委譲されたわけだけれど、
明らかに分かる違いといえば、「盛岡保健所」が「盛岡市保健所」になったぐらい。
しかもそれが、渦中の岩手競馬所有だった「岩手県競馬会館」跡地に
でっかくオープンしたこと。
ところで今、マリオスの入居率って如何ほどなのだろうか。
盛岡地域交流センターの名の下に、
華々しくオープンしたと聞く「マリオス」
むしろ、満足な駐車場も少ない市役所や保健所の状況を考えれば、
この「マリオス」に市の行政事務機能を大幅移転するのが賢明だと思うのだが、
何らかの理由でそれは出来ないんでしょうな。
まあそれは、政治的判断ってヤツですか。
ともあれ、中核市になったというのは「おめでたいこと」なんだろうが、
あんまりその雰囲気を醸し出していないというか、
さして大きく取り上げられるでもないのは、どうしたものか。
1800強ものお仕事を引き継ぐ苦悩と、中核市の看板とのバランスは、案外ビミョー。
これが政令指定都市なんかだと、まったく印象も違いますけどね。
「中核市」だから、なんなんだ???
遅まきも遅まき、「東北で5番目」という
可もなく不可もない「序列」に甘んじ、
どこかで思っている「北東北では一番都会」という思い込みを覆すがごとく、
やっぱり秋田市にも青森市にも遅れを取った盛岡市。
早さとか順番とか些細な話だけど、
どうなんだかね・・・・「都市間競争」を意識する割には。
飛躍 挑戦 光あふれる 元気なまち盛岡
が、キャッチフレーズのようだけど、
どうも総花的で「街のイメージ」は全く浮かばない。
「飛躍 挑戦」って、敢えて言う方がどうかと思う。
今どき、どこも使いませんよ・・・・。
昭和な中小企業のスメル。
これ、市としてじゃなく、役所内部のキャッチフレーズに留めて貰えませんかね。
「光あふれる」ってのがまた、抽象的なんだよなぁ。
「未来へ羽ばたく」「明日を拓く」ぐらい、曖昧模糊。
何がしたいの実際?
「元気なまち」に到っては、
「元気じゃなくなった」ことを公に表明しているようなもの。
まるで特定産業が衰退して、それに伴って疲弊の一途をたどる企業城下町みたい。
地味な「社風」を表しているんだろうけど、
キャッチフレーズとスローガンの履き違えはして欲しくない。
市の内部の思い入れと、外部からの市に対するイメージは、全く違うんだから。
これによって、岩手県の権限が盛岡市へ委譲されたわけだけれど、
明らかに分かる違いといえば、「盛岡保健所」が「盛岡市保健所」になったぐらい。
しかもそれが、渦中の岩手競馬所有だった「岩手県競馬会館」跡地に
でっかくオープンしたこと。
ところで今、マリオスの入居率って如何ほどなのだろうか。
盛岡地域交流センターの名の下に、
華々しくオープンしたと聞く「マリオス」
むしろ、満足な駐車場も少ない市役所や保健所の状況を考えれば、
この「マリオス」に市の行政事務機能を大幅移転するのが賢明だと思うのだが、
何らかの理由でそれは出来ないんでしょうな。
まあそれは、政治的判断ってヤツですか。
ともあれ、中核市になったというのは「おめでたいこと」なんだろうが、
あんまりその雰囲気を醸し出していないというか、
さして大きく取り上げられるでもないのは、どうしたものか。
1800強ものお仕事を引き継ぐ苦悩と、中核市の看板とのバランスは、案外ビミョー。
これが政令指定都市なんかだと、まったく印象も違いますけどね。
「中核市」だから、なんなんだ???
遅まきも遅まき、「東北で5番目」という
可もなく不可もない「序列」に甘んじ、
どこかで思っている「北東北では一番都会」という思い込みを覆すがごとく、
やっぱり秋田市にも青森市にも遅れを取った盛岡市。
早さとか順番とか些細な話だけど、
どうなんだかね・・・・「都市間競争」を意識する割には。
飛躍 挑戦 光あふれる 元気なまち盛岡
が、キャッチフレーズのようだけど、
どうも総花的で「街のイメージ」は全く浮かばない。
「飛躍 挑戦」って、敢えて言う方がどうかと思う。
今どき、どこも使いませんよ・・・・。
昭和な中小企業のスメル。
これ、市としてじゃなく、役所内部のキャッチフレーズに留めて貰えませんかね。
「光あふれる」ってのがまた、抽象的なんだよなぁ。
「未来へ羽ばたく」「明日を拓く」ぐらい、曖昧模糊。
何がしたいの実際?
「元気なまち」に到っては、
「元気じゃなくなった」ことを公に表明しているようなもの。
まるで特定産業が衰退して、それに伴って疲弊の一途をたどる企業城下町みたい。
地味な「社風」を表しているんだろうけど、
キャッチフレーズとスローガンの履き違えはして欲しくない。
市の内部の思い入れと、外部からの市に対するイメージは、全く違うんだから。
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