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2008.05.25
平泉、ナミダ目。
世界遺産登録を目指す「平泉」に、イコモスが延期勧告。
当然のように登録勧告がなされるであろう、という思いは大きく崩れ、
それを前提に進めてきた岩手県、そして関連する市と町は落胆。
そしてそれに関わっている様々な政策施策も、分岐点に立たされている。
巷では「そうじゃないかと思ってたよ」なんてしたり顔の人もいるが、
それと一緒に「私もそう思いましたよ」なんていうのも非常にいやらしいので、
ここは一つ、陰ながら応援はしたいと思うのだが。
それにしても懲りないのは
「最善は尽くしたが」という過去の詠嘆だ。
最善を尽くしたのにこの結果では、
もはや登録の見込みは無いんだろう。
最善を尽くせなかったからこそ理解が得られず、
先方にも響かなかったのではないのか。
そういう理解をしないと、ただただ自己満足に浸るだけだ。
全国紙の一部でも、「平泉見送り」といった論調が目立つが、
そもそも全国規模で平泉、そして世界遺産登録への動きがあったとは
知られていないのではないか。
「石見銀山のような」と、先例に並べて語る向きも多いが、
石見銀山ほどの採り上げ方がなされているとは到底思えない。
地方から世界へ直接発信するというのも、流れとしては悪くないが、
国内での全国的認知度を上げずに打って出たところで、
世界から「知名度が低い」と言われるのも道理である。
いわば、「世界遺産としての価値」と「観光資源としての価値」を
両立せんがための思惑がやはりあるわけだが、
少なくとも岩手県内では、県民のあいだに「世界遺産としての価値」が
浸透しているとは思えない。
早い話、二律背反した価値を無理矢理統合しているようにしか、見えないのだ。
埋蔵文化財だらけの平泉を、
浄土思想というキーワードで異教徒に説明するのには骨が折れると思う。
何より、無宗教で通っている日本人が、どれだけ仏教に帰依しているのか、
世界の人々は想像だにしないのである。
カミもホトケもジーザスも、
年中行事に組み込むジャパニーズの宗教観において、
習俗として組み込まれている「寛容の心」こそが平和思想。
それが先方の前提に無いと、日本人の宗教観なんて伝わらない。
日本人が宗教の影響で「米」を神様の特別な植物と思ってるのは、
他国の人が牛や鯨を特別な感情で見るのに非常に近い。
これが伝わっていないから、日本人が米を特別視している意味が外国人には理解できない。
ずばり「宗教上の理由で日本はアメリカ米なんて輸入できないんです」って言えばいいのに
そういう主張がない日本。誰も言わないのが不思議でならない。(笑)
そういうわけで、日本人が自分達の心を主張しないから、
似て非なる仏教・上座部仏教のスリランカ僧に浄土思想を説明しても、伝わらないんだと思う。
いわんや西欧人をや。
世界平和を祈る心が、浄土の実現と言う形で
現実に具現化しました、という内容を目に見えない遺産で伝える以前に、
今の日本人、岩手県民がどこまでそれを理解しているのか。
それが今の日本にどう受け継がれているのか、
ここがカギになるだろう。
何しろ、日本は「大国」で「富国」だと思われているから、
満遍なく豊かさが満ちている先進国のイメージが拭えない。
日本の中で、東北という場所がどんな歴史を辿ってきたのかすら
外国人には見えない。
近畿を中心に支配が及んだ日本の中で、
平泉の位置は言わば「外国」であって、
異端視されながらも羨望の地であったことは想像に難くない。
被支配の歴史を重ねた東北に、
連綿と現世浄土の理想を伝えてきた寺院群と思想があり、
その背景には武力と権力とに抗する地域性の連続があった。
平泉を説明するには、戦後に到るまであらゆる面で先んじられた
東北全体のあり方にも言及しなければならないだろうし、
金本位で動いてきた日本と、銀本位の外国との交易についても触れなければならないだろう。
ともあれ、
日本国内でもコンセンサスの取れていない話を、
外国人に向けてプレゼンテーションしなければならないというハードルが、
今回の延期の大きな差し障りになっているように思った。
当然のように登録勧告がなされるであろう、という思いは大きく崩れ、
それを前提に進めてきた岩手県、そして関連する市と町は落胆。
そしてそれに関わっている様々な政策施策も、分岐点に立たされている。
巷では「そうじゃないかと思ってたよ」なんてしたり顔の人もいるが、
それと一緒に「私もそう思いましたよ」なんていうのも非常にいやらしいので、
ここは一つ、陰ながら応援はしたいと思うのだが。
それにしても懲りないのは
「最善は尽くしたが」という過去の詠嘆だ。
最善を尽くしたのにこの結果では、
もはや登録の見込みは無いんだろう。
最善を尽くせなかったからこそ理解が得られず、
先方にも響かなかったのではないのか。
そういう理解をしないと、ただただ自己満足に浸るだけだ。
全国紙の一部でも、「平泉見送り」といった論調が目立つが、
そもそも全国規模で平泉、そして世界遺産登録への動きがあったとは
知られていないのではないか。
「石見銀山のような」と、先例に並べて語る向きも多いが、
石見銀山ほどの採り上げ方がなされているとは到底思えない。
地方から世界へ直接発信するというのも、流れとしては悪くないが、
国内での全国的認知度を上げずに打って出たところで、
世界から「知名度が低い」と言われるのも道理である。
いわば、「世界遺産としての価値」と「観光資源としての価値」を
両立せんがための思惑がやはりあるわけだが、
少なくとも岩手県内では、県民のあいだに「世界遺産としての価値」が
浸透しているとは思えない。
早い話、二律背反した価値を無理矢理統合しているようにしか、見えないのだ。
埋蔵文化財だらけの平泉を、
浄土思想というキーワードで異教徒に説明するのには骨が折れると思う。
何より、無宗教で通っている日本人が、どれだけ仏教に帰依しているのか、
世界の人々は想像だにしないのである。
カミもホトケもジーザスも、
年中行事に組み込むジャパニーズの宗教観において、
習俗として組み込まれている「寛容の心」こそが平和思想。
それが先方の前提に無いと、日本人の宗教観なんて伝わらない。
日本人が宗教の影響で「米」を神様の特別な植物と思ってるのは、
他国の人が牛や鯨を特別な感情で見るのに非常に近い。
これが伝わっていないから、日本人が米を特別視している意味が外国人には理解できない。
ずばり「宗教上の理由で日本はアメリカ米なんて輸入できないんです」って言えばいいのに
そういう主張がない日本。誰も言わないのが不思議でならない。(笑)
そういうわけで、日本人が自分達の心を主張しないから、
似て非なる仏教・上座部仏教のスリランカ僧に浄土思想を説明しても、伝わらないんだと思う。
いわんや西欧人をや。
世界平和を祈る心が、浄土の実現と言う形で
現実に具現化しました、という内容を目に見えない遺産で伝える以前に、
今の日本人、岩手県民がどこまでそれを理解しているのか。
それが今の日本にどう受け継がれているのか、
ここがカギになるだろう。
何しろ、日本は「大国」で「富国」だと思われているから、
満遍なく豊かさが満ちている先進国のイメージが拭えない。
日本の中で、東北という場所がどんな歴史を辿ってきたのかすら
外国人には見えない。
近畿を中心に支配が及んだ日本の中で、
平泉の位置は言わば「外国」であって、
異端視されながらも羨望の地であったことは想像に難くない。
被支配の歴史を重ねた東北に、
連綿と現世浄土の理想を伝えてきた寺院群と思想があり、
その背景には武力と権力とに抗する地域性の連続があった。
平泉を説明するには、戦後に到るまであらゆる面で先んじられた
東北全体のあり方にも言及しなければならないだろうし、
金本位で動いてきた日本と、銀本位の外国との交易についても触れなければならないだろう。
ともあれ、
日本国内でもコンセンサスの取れていない話を、
外国人に向けてプレゼンテーションしなければならないというハードルが、
今回の延期の大きな差し障りになっているように思った。
2008.05.05
啄木の故郷を訪ねて
え、いや・・・タイトルは美しいけど、ただの新店舗レポです。
玉山区のメインストリート・国道四号線と、
その渋滞を緩和すべく新設された「渋民バイパス」の、
まさに結節点に位置する、イオンスーパーセンター盛岡渋民店。
この時点でもなお、「イオン盛岡渋民ショッピングセンター」の名が生きているのは、
グループ内での言い分けなのか、何なのか。
盛岡市中心部から、新しいバイパスを経由していくと、
周囲の風景に溶け込んだ、茶色と緑色が特徴的。
まるで牧歌的だが、だからこそイオンのコーポレートカラーが際立つ。
正面たる逆方向から見ると、「姫神の郷」にイオンが1テナントとして
出店しているかのように見える出来映え。
ベージュの壁面でお馴染みの威容ではなく、
「地域に溶け込むこと」への会心の作と言えよう。
早速中へ入ると、やはり客層は高年齢層が多いが、
なかなかどうして、40歳代と小中学生と思しき面々も。
例えて言うなら、「南部家敷の客層」か。
とりあえず、全てのものは揃っている。
商品の値段は、概ね低価格に揃えられているようだ。
特に鍋釜食器類は、このエリアでは群を抜くはず。
同じ商品が他のイオン店舗より安いような気がするが、目の錯覚???
ゲームコーナー、ケータイショップ、マッサージと、
これまたこのエリアに不足していたコーナーが連なり、
需要の有無は分からないが、ブランド品や貴金属のコーナーもある。
店舗と言うよりは、これらをコーナーと呼ぶのが適当に思えた。
足湯「啄木鳥の湯」は思ったほど大きくはないが、
「珍しい」と言う点では耳目を集めるし、この先人気が落ちればすぐに転用可、な空気。
隣のフリースペースは健康ランドのお休みどころみたいなマッタリ感で、
周囲から遮られず丸見えなのがミソなんだろう。
知ってる人が大勢いるだろう村社会、そこで繰り広げられる「あらどうも」な繋がり、
次長をもっとも驚かせたのは、リーズナブルなPBでおなじみ「トップバリュ」製品づくしで、
卓を囲んで茶飲み話のファミリーたち。
もはやこの光景自体が、イオンの浸透を進める「生けるポスター」・・・。
何よりも、この店に集められているのは「玉山ではお目にかからなかったもの」に尽きる。
1時間300円の卓球台とか、もう利益なんて一切追求していない行政サービスかと。
そこで下手に持ち込み不可、なんてつまんないことを言わないのが大手の風格。
また驚いたのは、「南部古代型染」販売の一角があること。
確かに、田舎のおばぁちゃんって型染バッグを持っているのをよく見る。
そういう需要も想定したんだろう。
これは「外から見た盛岡」な視点によるものだろうか。
スーパーに伝統工芸品っていう発想は、在来の盛岡系スーパーには決してないはず。
やはり地元民の頭の中には、「上質なものは●●で」という
暗黙のうちに刷り込まれた無意識の判断が生きているのだろう。
地元で手に入れば、わざわざ「マチナカ」まで買い物に行く必要がなくなる。
これこそは、玉山区民にとっての「コンパクトシティ」なのである。
「人口も減少傾向の玉山区にナゼ」という意見は
多くの盛岡市民、そして流通関係者が感じる素朴な疑問だろうが
これこそが、イオンが仕掛ける最大級の戦略であるように思えてならない。
「私たちは地域の皆様とともに地域を盛り上げることに・・・誇りを持っています」
繰り返し流れる、そんな店内放送は、さながら国威発揚のごとく勇ましい。
その割に、「姫神」を「ひめがみ(正しくはひめかみ)」って読んで直さないところは
どうかと思うけど、それが許されてるのもむしろ地元の皆さんの大らかさによるもの。
ま、直してくださいよ早目に。
葛巻林業の木材が全国各地の漆器木工を支えてるなんて知らなかったし、
いい意味での地域教育まで図れてしまう、姫神の郷。
その先の「惠一握(めぐみいちあく)」なんかは、
「道の駅が大好きな岩手県民」の心を完全に鷲掴みにしていて、
あれよあれよと、次長のかごの中はいっぱいに。
同じ岩手県でも遠すぎて買いにいけないこだわりの卵だとか、
通販でも買えるけどやっぱり作り立てを持ち帰りたい豆腐だとか、
デパートでも買えるけど選択肢が俄然広い調味料だとか、
本来、そこでしか買えない「地元ならでは」の食材がひしめく。
そして今さら気づいたんだけど、店名って石川啄木の「一握の砂」からきてるんだろなぁ。
息子がグズりはじめたので、甘味を与えることに。
そこでまた驚く・・・なんと「モッフル」がこの盛岡に!?
商品としてモッフルを出す店って、他にあるんだろうか。
おそらく、知る範囲では初めてではないかと。
嫁が放つ「一万も出してモッフル製造機買う必要がなかったわ」
さらにまた・・・この店は盛岡のお茶屋さんの経営っぽい。
うまく軌道に乗れば、そちらの方面でもビジネスチャンスが広がるかもよ
慣れてなかったのか、パリッとした触感は得られず。
修行を重ねて下さい・・・
ソフトは美味しかったです。
地元の業者をしっかりと取り組みつつ、
「イワテモリオカバンザイ
」な施策で責められては、嫌な顔などできるはずもなく、
「イオン大好き
」なイオンチルドレンが量産されるのも時間の問題。
おそらくは、今後の店舗展開に浅からぬ影響を及ぼす実験店舗となるんでしょう。
帰りは隣のタマホームには「なぜここに?」と思いつつ、
手馴れた捌きでお客さんの対応をしているところがさすが、と思った。
見なかったけど。
くどいようですが、「ひめがみのさと」は
誰かが言い出さないうちに正しく変えたほうがいいです。

玉山区のメインストリート・国道四号線と、
その渋滞を緩和すべく新設された「渋民バイパス」の、
まさに結節点に位置する、イオンスーパーセンター盛岡渋民店。
この時点でもなお、「イオン盛岡渋民ショッピングセンター」の名が生きているのは、
グループ内での言い分けなのか、何なのか。
盛岡市中心部から、新しいバイパスを経由していくと、
周囲の風景に溶け込んだ、茶色と緑色が特徴的。
まるで牧歌的だが、だからこそイオンのコーポレートカラーが際立つ。
正面たる逆方向から見ると、「姫神の郷」にイオンが1テナントとして
出店しているかのように見える出来映え。
ベージュの壁面でお馴染みの威容ではなく、
「地域に溶け込むこと」への会心の作と言えよう。
早速中へ入ると、やはり客層は高年齢層が多いが、
なかなかどうして、40歳代と小中学生と思しき面々も。
例えて言うなら、「南部家敷の客層」か。
とりあえず、全てのものは揃っている。
商品の値段は、概ね低価格に揃えられているようだ。
特に鍋釜食器類は、このエリアでは群を抜くはず。
同じ商品が他のイオン店舗より安いような気がするが、目の錯覚???
ゲームコーナー、ケータイショップ、マッサージと、
これまたこのエリアに不足していたコーナーが連なり、
需要の有無は分からないが、ブランド品や貴金属のコーナーもある。
店舗と言うよりは、これらをコーナーと呼ぶのが適当に思えた。
足湯「啄木鳥の湯」は思ったほど大きくはないが、
「珍しい」と言う点では耳目を集めるし、この先人気が落ちればすぐに転用可、な空気。
隣のフリースペースは健康ランドのお休みどころみたいなマッタリ感で、
周囲から遮られず丸見えなのがミソなんだろう。
知ってる人が大勢いるだろう村社会、そこで繰り広げられる「あらどうも」な繋がり、
次長をもっとも驚かせたのは、リーズナブルなPBでおなじみ「トップバリュ」製品づくしで、
卓を囲んで茶飲み話のファミリーたち。
もはやこの光景自体が、イオンの浸透を進める「生けるポスター」・・・。
何よりも、この店に集められているのは「玉山ではお目にかからなかったもの」に尽きる。
1時間300円の卓球台とか、もう利益なんて一切追求していない行政サービスかと。
そこで下手に持ち込み不可、なんてつまんないことを言わないのが大手の風格。
また驚いたのは、「南部古代型染」販売の一角があること。
確かに、田舎のおばぁちゃんって型染バッグを持っているのをよく見る。
そういう需要も想定したんだろう。
これは「外から見た盛岡」な視点によるものだろうか。
スーパーに伝統工芸品っていう発想は、在来の盛岡系スーパーには決してないはず。
やはり地元民の頭の中には、「上質なものは●●で」という
暗黙のうちに刷り込まれた無意識の判断が生きているのだろう。
地元で手に入れば、わざわざ「マチナカ」まで買い物に行く必要がなくなる。
これこそは、玉山区民にとっての「コンパクトシティ」なのである。
「人口も減少傾向の玉山区にナゼ」という意見は
多くの盛岡市民、そして流通関係者が感じる素朴な疑問だろうが
これこそが、イオンが仕掛ける最大級の戦略であるように思えてならない。
「私たちは地域の皆様とともに地域を盛り上げることに・・・誇りを持っています」
繰り返し流れる、そんな店内放送は、さながら国威発揚のごとく勇ましい。
その割に、「姫神」を「ひめがみ(正しくはひめかみ)」って読んで直さないところは
どうかと思うけど、それが許されてるのもむしろ地元の皆さんの大らかさによるもの。
ま、直してくださいよ早目に。

葛巻林業の木材が全国各地の漆器木工を支えてるなんて知らなかったし、
いい意味での地域教育まで図れてしまう、姫神の郷。
その先の「惠一握(めぐみいちあく)」なんかは、
「道の駅が大好きな岩手県民」の心を完全に鷲掴みにしていて、
あれよあれよと、次長のかごの中はいっぱいに。
同じ岩手県でも遠すぎて買いにいけないこだわりの卵だとか、
通販でも買えるけどやっぱり作り立てを持ち帰りたい豆腐だとか、
デパートでも買えるけど選択肢が俄然広い調味料だとか、
本来、そこでしか買えない「地元ならでは」の食材がひしめく。
そして今さら気づいたんだけど、店名って石川啄木の「一握の砂」からきてるんだろなぁ。
息子がグズりはじめたので、甘味を与えることに。
そこでまた驚く・・・なんと「モッフル」がこの盛岡に!?
商品としてモッフルを出す店って、他にあるんだろうか。
おそらく、知る範囲では初めてではないかと。
嫁が放つ「一万も出してモッフル製造機買う必要がなかったわ」
さらにまた・・・この店は盛岡のお茶屋さんの経営っぽい。
うまく軌道に乗れば、そちらの方面でもビジネスチャンスが広がるかもよ

慣れてなかったのか、パリッとした触感は得られず。
修行を重ねて下さい・・・
ソフトは美味しかったです。地元の業者をしっかりと取り組みつつ、
「イワテモリオカバンザイ
」な施策で責められては、嫌な顔などできるはずもなく、「イオン大好き
」なイオンチルドレンが量産されるのも時間の問題。おそらくは、今後の店舗展開に浅からぬ影響を及ぼす実験店舗となるんでしょう。
帰りは隣のタマホームには「なぜここに?」と思いつつ、
手馴れた捌きでお客さんの対応をしているところがさすが、と思った。
見なかったけど。
くどいようですが、「ひめがみのさと」は
誰かが言い出さないうちに正しく変えたほうがいいです。
2008.05.04
新人君
今さらながら、GW明けに五月病なる症状が現れる理由が、分かってきた。
それほどまでに忙しい4月を過ぎて、いつしか年度越え一ヶ月。
新人たちの慣れと疲れのピークも、ここへ来てどっと出るということか。
思えば自分の新人時代、
「職場に通うだけで」どっと疲れが出たものである。
そうは見えなかっただろうけど、「気疲れ」って奴だ。
それにしても、新人というのはキラキラしているものだ。
そして中高年と言うものはギラギラしているものだ。(笑)
キラキラの理由が若さだけでないのは、素晴らしいことだと思う。
そしてなんとかならないのか、中高年のギラギラ。(大笑)
多様な年齢で構成される職場は、大学などとは趣を異にする。
新人君と、偉い人との間には、常に「ズレ」はつきもの。
新人でもなければ偉いわけでもない次長は、
その狭間で、さながら通訳のようなポジションを任される。
実際、言葉が噛み合っていないわけだけれども。
新人が入ってくると、
必ず「先輩面して偉そうに振る舞う奴」というのがいるのだが、
次長、これはどうも苦手だ。
実際、その組織の中でのスキルはこっちが高いのだが、
それ以上の可能性となれば、新人の方がものを知ってることだってあるわけだ。
そこで不用意に萎縮させたり閉じ込めたりする不条理を、
次長は一番恐れている。
新しい空気・澄んだ水、そんなものだと例えれば、
必要以上に組織への同化を促す必要はないだろう。
まさに「同化=恭順化」ってのが、昭和な企業体質であったり、
新人離れを起こす所以だったりするのだと思う。
近頃、3年以内に辞めていく新人が多いのだと聞く。
それを「やる気・元気・根気」の無さだと断定するのは容易いが、
時代に追いついていないのかもしれない、と思ったり。
先日も次長、2人の新人君に相談を受けた。
「まだしゃべるの・・・?」
正直そう思うくらい思いのたけを吐露され
目の前で青年の主張を聞いているような有様。
まあそれでも、言ってくれるだけ嬉しいけどね・・・。
何が困るって、
「話の通じる人が周りにいないんです」って話。
自分でも驚いたのは、彼らの主張はそれなりに筋が通っていて、
次長の考えとあんまり違いが無かったことか。
それじゃ次長、若々しい=成長してないってことになっちゃうじゃないの・・・
なんて思いながら、「初心忘るべらかず」とはよく言ったもんだな、と思ったり。
次長も彼らと話が通じてるとは思ってないんだけど、
傍から見て「アウトローな発言と行動=田舎では決して受け入れられない主張」が
彼らの感性をくすぐったようです。
ま、大人から見ればそういうのを若者が口にすることは生意気に見えるんでしょう。
いい加減、次長ぐらいになると諦めもつくでしょうが。
偉い人たちも、昔はたぶん生意気だったと思うんで、
ひとつここは新人君を温かい目で見守ってあげませんか?
それにしても、新人女性というのは、いつの時代も
立ち居振る舞いから何から、計算しつくされているように思うのはナゼだろう。
女は強し、です。
それほどまでに忙しい4月を過ぎて、いつしか年度越え一ヶ月。
新人たちの慣れと疲れのピークも、ここへ来てどっと出るということか。
思えば自分の新人時代、
「職場に通うだけで」どっと疲れが出たものである。
そうは見えなかっただろうけど、「気疲れ」って奴だ。
それにしても、新人というのはキラキラしているものだ。
そして中高年と言うものはギラギラしているものだ。(笑)
キラキラの理由が若さだけでないのは、素晴らしいことだと思う。
そしてなんとかならないのか、中高年のギラギラ。(大笑)
多様な年齢で構成される職場は、大学などとは趣を異にする。
新人君と、偉い人との間には、常に「ズレ」はつきもの。
新人でもなければ偉いわけでもない次長は、
その狭間で、さながら通訳のようなポジションを任される。
実際、言葉が噛み合っていないわけだけれども。
新人が入ってくると、
必ず「先輩面して偉そうに振る舞う奴」というのがいるのだが、
次長、これはどうも苦手だ。
実際、その組織の中でのスキルはこっちが高いのだが、
それ以上の可能性となれば、新人の方がものを知ってることだってあるわけだ。
そこで不用意に萎縮させたり閉じ込めたりする不条理を、
次長は一番恐れている。
新しい空気・澄んだ水、そんなものだと例えれば、
必要以上に組織への同化を促す必要はないだろう。
まさに「同化=恭順化」ってのが、昭和な企業体質であったり、
新人離れを起こす所以だったりするのだと思う。
近頃、3年以内に辞めていく新人が多いのだと聞く。
それを「やる気・元気・根気」の無さだと断定するのは容易いが、
時代に追いついていないのかもしれない、と思ったり。
先日も次長、2人の新人君に相談を受けた。
「まだしゃべるの・・・?」
正直そう思うくらい思いのたけを吐露され
目の前で青年の主張を聞いているような有様。
まあそれでも、言ってくれるだけ嬉しいけどね・・・。
何が困るって、
「話の通じる人が周りにいないんです」って話。
自分でも驚いたのは、彼らの主張はそれなりに筋が通っていて、
次長の考えとあんまり違いが無かったことか。
それじゃ次長、若々しい=成長してないってことになっちゃうじゃないの・・・
なんて思いながら、「初心忘るべらかず」とはよく言ったもんだな、と思ったり。
次長も彼らと話が通じてるとは思ってないんだけど、
傍から見て「アウトローな発言と行動=田舎では決して受け入れられない主張」が
彼らの感性をくすぐったようです。
ま、大人から見ればそういうのを若者が口にすることは生意気に見えるんでしょう。
いい加減、次長ぐらいになると諦めもつくでしょうが。

偉い人たちも、昔はたぶん生意気だったと思うんで、
ひとつここは新人君を温かい目で見守ってあげませんか?
それにしても、新人女性というのは、いつの時代も
立ち居振る舞いから何から、計算しつくされているように思うのはナゼだろう。
女は強し、です。
2008.05.03
迷走する平泉
岩手県が、いわて・平泉観光キャンペーンのために
またもや「シンボルマーク」を打ち出した。
圏内のバスやタクシーに張り出し、観光キャンペーンを展開するという。
またもや、というのは、
既に平泉の世界遺産登録に向けてのシンボルマークと
毛筆によるロゴマークを発表、広く周知を進めている最中だからだ。
なぜにここまで、岩手県と言うのは足並みが揃わないのだろうか。
確かに、平泉限定のものと岩手県全域を含めての観光キャンペーンは違うのかも知れない。
しかし、平泉を基軸に観光客へ岩手をPRしようというのは同じ動きではないのか。
岩手県が、ここで如何ほどの血税を用いるのか計り知れないが、
それに見合うかどうかと言う以前に、平泉に対する県民の意識がぶれるのは必至だ。
何しろ、県北や沿岸地域では、平泉に対する見方は至極冷ややかだ。
これは、岩手県の広さに由来するものであり、また岩手県の取り組みによるものでもある。
だからこそ、一丸となって取り組まねばならないはずの「平泉」に、
二つも三つもシンボルマークがいるのか、という話。
しかも、岩手日報の記事によれば、
さらに4,5のバリエーションを加えようという算段。
果たして、何がしたいのか。
欲張っても、平泉に便乗した観光商法と読まれるばかりである。
平泉については、
既に発表されたマークとロゴの扱いについて、
許可が必要とか、自由に使っても良いとか、情報が入り乱れる。
県が発表したのに、管轄は平泉町観光協会。
これはいったい、どういうこと?
また、「岩手観光ポータルサイト」では、
未だに「旧シンボルマーク」が貼り付けられている。
はっきり言って、この定着振りを見ると、このまま使い続けたほうが良かった気もするが。
これにも多大なる予算が投下されているだろうが、そこに見合う使い方をしなければ、
何ら県民に説得力の無い出費となるだろう。
何より、製作者に対して失礼になる。
平泉に関する部署も、ようやく一つにまとまったばかり。
この時期にこの動きは、明らかに隣接する「平泉寄り」の宮城県にも劣る。
岩手県、世界遺産登録後もちょっと心配な動向である。
またもや「シンボルマーク」を打ち出した。
圏内のバスやタクシーに張り出し、観光キャンペーンを展開するという。
またもや、というのは、
既に平泉の世界遺産登録に向けてのシンボルマークと
毛筆によるロゴマークを発表、広く周知を進めている最中だからだ。
なぜにここまで、岩手県と言うのは足並みが揃わないのだろうか。
確かに、平泉限定のものと岩手県全域を含めての観光キャンペーンは違うのかも知れない。
しかし、平泉を基軸に観光客へ岩手をPRしようというのは同じ動きではないのか。
岩手県が、ここで如何ほどの血税を用いるのか計り知れないが、
それに見合うかどうかと言う以前に、平泉に対する県民の意識がぶれるのは必至だ。
何しろ、県北や沿岸地域では、平泉に対する見方は至極冷ややかだ。
これは、岩手県の広さに由来するものであり、また岩手県の取り組みによるものでもある。
だからこそ、一丸となって取り組まねばならないはずの「平泉」に、
二つも三つもシンボルマークがいるのか、という話。
しかも、岩手日報の記事によれば、
さらに4,5のバリエーションを加えようという算段。
果たして、何がしたいのか。
欲張っても、平泉に便乗した観光商法と読まれるばかりである。
平泉については、
既に発表されたマークとロゴの扱いについて、
許可が必要とか、自由に使っても良いとか、情報が入り乱れる。
県が発表したのに、管轄は平泉町観光協会。
これはいったい、どういうこと?
また、「岩手観光ポータルサイト」では、
未だに「旧シンボルマーク」が貼り付けられている。
はっきり言って、この定着振りを見ると、このまま使い続けたほうが良かった気もするが。
これにも多大なる予算が投下されているだろうが、そこに見合う使い方をしなければ、
何ら県民に説得力の無い出費となるだろう。
何より、製作者に対して失礼になる。
平泉に関する部署も、ようやく一つにまとまったばかり。
この時期にこの動きは、明らかに隣接する「平泉寄り」の宮城県にも劣る。
岩手県、世界遺産登録後もちょっと心配な動向である。
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