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2013.04.30 「てくり展」
同じ時、同じまちに暮らしながら、人によって見えているものは大きく違う。

例えば春、子どもが瑞々しい芽吹きの青を見つけるときに、
何度も同じように繰り返す景色に、大人はもはやマンネリすら憶えている。
明るい日差しに喜びを感じこそすれ、その思いは大人の間でさえ違う。
千差万別の個性の中で、重なり合う思いが集った時、こうした本が生まれるのだろう。

「もりおか啄木・賢治青春館」で、「てくり展」が開かれている。
「てくり」というタウン誌については前にも述べたが、
一堂に会するバックナンバーの一つ一つは、
どれも「このまちと生きていく覚悟」そのものである。

この本が、偶発的に生まれたとは思えない。
長い歳月をかけて育まれたものが、脈々と息づいていてやっと世に出た。
それに気づくべき人々が、望まれて歴史の表紙をめくった、という気がする。

うつろいは時に哀しく、多くは忘れ去られて消え失せる。
そんな記憶の断片を、沸々と浮かび上がらせる人の言葉。
つまりたくさんの暮らしの積み重ねが、
今のこの瞬間に繋がっていることを身近に教えてくれる。
しかも軽くない。むしろ重々しいくらいなのだ。

知るほどに、外へ向けて開かれてきた盛岡のまちの在り様が見えてくる。
道果てる道の奥という既成概念を越えて、大勢の人々が訪れ、暮らし、生きてきた。
どの時代にも先駆的な人が必ずいて、良いものを評価する土壌が守られてきたこと。
最も誇るべきは、こうした事実だろう。
なのに今、ここに暮らす人はそれを知らない。なぜか教わらない。
細々と記憶を紡いできた人たちの糸が交差し、やっと織り込まれてきた。
こうした感度の高い人たちがまちをデザインしたら、
盛岡はどれだけ素晴らしい場所になるか。
「てくり展」がその原初であって欲しいと思う。

幸い会期も長い。「盛岡がいちばんハイカラだった頃」の記憶を留めるこの場所へ、
もう一度足を運びたいと思う。
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