上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013.07.01 あっぱれNHK
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」は、
舞台を北三陸から東京へと、大きく転換した。

「商品名を見せてはならない公共放送の負託」を越えて、
清酒やビールのラベル、Tシャツまで微細に
「意味のあるもの」として創り込まれていることに驚き、感心し、敬服する。

オマージュ、隠喩、暗示、
視聴者の洞察力さえ巻き込む、裏切りと共感のせめぎ合い。
脚本家の力量はもちろんのこと、やはりプロが集まるとこういう仕事になるのか、
さすが「皆さまのNHK」、そんな思いを抱く。

主人公「アキ」が、東京育ちでありながら上野で記念撮影する場面も、実は自然だ。
東京っ子こそ東京を知らない。生まれ育った世田谷しか知らなくて当然。
まして、東京人が常に芸能人のそばにいるというのは地方人の幻想だったりする。
そんなところを、細かくえぐるのがまた、楽しい。

テレビの中の東京と、現実の東京との違いに驚くのが、上京者の常。
いや、「あの頃の時代の気分」そのものかも知れない。

回想シーンに描かれる主人公の母「春子」は、
東京の原宿を選び、そこでアルバイトをする。
なぜなら、アイドルをめざす彼女にとっての東京とは、
板橋でも葛飾でも品川でもなく、「原宿」だからだろう。
いまだに「原宿」という言葉に、自身何かうわついた雰囲気を感じてしまう(笑)
原宿そのものに罪は無いが、かつては羨望の先にあった流行のものが、
今では「恥ずかしい景色」に貶められているからだと思う。
竹の子族とか、ホコ天とか。

思えばちょっと昔まで、スマホ、ケータイ、メールなんてものは無かった。
情報のチャネルはテレビのチャンネルそのもの。
夢や希望や幻や、と華やかな画面を通じ地方を照らせば、
田舎の若者は大真面目にそれを東京そのものだと信じて疑わない時代。
「時代の気分」が伝わってくる。

大都会の真ん中で、なぜか偶然同郷の友人と再会すること、
故郷にいる人々とは、時間の差異がどんどん広がっていくこと、
それぞれの事情を都会は待ってくれたりしないこと、

生産地と消費地との価格対比。
はるばる田舎から運ばれてきた農水産物(ドラマでは三陸産ウニ)との出会い。
そのどれにも心当たりがあって、ちょっと懐かしい気分にさえなる。

次から次と新しい人が来ては去り、その繰り返し。
様々な土地の風習が出会って、それを発見したり気づいたり、
とにかく、この慌ただしさが何かを蓄積したりせず
旬という言葉で微かな流行を追うのが芸能界なんだろうな、と
これもまた「主人公の親目線」

そんなチャラチャラした世界なんか・・・を
リアルな芸能人が演じているわけで、
この玉ねぎのように中身に到達しないもどかしさが面白さなのかとも思う。

上には上が居て、運も実力のうちで、思わぬヒントが身近に転がっている都会。
時折何かのはずみで芸能人を見かけたりするハプニング。
田舎にはほぼあり得ない東京像が、
これもまたリアリティにあふれていて、ついドラマであることさえ忘れてしまう。

岩手と言っても有名人や産物を誰も答えられないように、
福岡出身を詐称した佐賀出身者に大きな違いを見出せない人々。

それほどまでに都会は田舎を意識することなく生きているのが現実。
でも現実の岩手と佐賀とは国際リニアコライダーとやらを誘致合戦中。
でも、東京の人たちはまるで興味ないだろうし、どこなのかもわかってないだろうな、
とこれまた自身は「田舎者目線で深追い」

ともあれ、
「秘密のケンミンショー」がネタ切れっぽさを増している昨今、
都会と田舎の構造的違いは今も変わらず、という事実を
豪華絢爛なキャスト・スタッフを通じて拝見させて頂いている。
受信料払っていて良かったと思える僅かな瞬間です。

NHKって、こういういい番組、昔はもっと沢山あった気がするんだけどな。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。