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2015.10.22 さじ加減
「さじ加減」は、人それぞれである。

ただ共通するのは、度が過ぎれば身を滅ぼす。
そして足りなければ苦しくなる。そんな話。

今の岩手県、何でもかんでも、「わんこきょうだい」である。
否定しているのではない。
ここまで統一的な標章・象徴を持ったことが無い岩手県にとって、
これは画期的なことだと思うのだ。

工事現場を筆頭に、イベント、チラシ、ノボリ。
立体化された姿も引っ張りだこ、確かにヒョコヒョコと歩く姿も愛らしい。

ただこれはあくまでも「県のキャラクター」
およそ関係ないと思えるイベントのチラシに載せられているのを見て、
オヤッと首を傾げた。
そのPRに登場する「大義名分」が無いだろう。
当事者からすれば、岩手県民全体を相手に、という意思表示なんだろうが。

「幅広く愛されて欲しい」という思いと「権利意識」は、時に相反する。
悪気なく、権利を侵している人の存在。
例の「クマモン」が大々的に自由利用を謳った影響も少なくないはず。
この加減が難しい。権利を楯にすれば、園児も気軽に描けない。

ただ、今の日本人は、この保護感覚がどうにも薄いような気がする。
他国のコピー商品や、パクリ問題を笑えない。
良識に任せたら、平気で悪乗りするような気がする。
そんな風潮。

いわて国体を目前に控えて、このPRにも「わんこきょうだい」は大活躍だ。
よく見れば、国体版は「炬火を持ち靴を履く」
国体事務局のウェブサイトを見れば、
こちらの使用条件は、オリジナルよりなお厳格。
国体は、言わばオリンピックと同じだ。

それなのに。
それまで観光キャンペーンで定着した「わんこきょうだい」を引き続き推して、
国体PRの旗手に仕立て上げながら、肝心要の国体ポスターを見てまた驚く。
「わんこきょうだい」は片隅に追いやられ、
何やらコンクール風の絵が一面に。

なぜここまで「わんこきょうだい」を多用しながら、
本番のポスターではこれなのか。
連続性を感じない。

東京オリンピック誘致のマークを
開催エンブレムとしては引き続き使えない、というのに似ている。

国体に関しては、競技バージョンや開催地バージョンなど、
実に数多くの「わんこきょうだい」が生み出されている。
ならばそのまま「わんこきょうだい」で良かったのではないか?
炬火を掲げたその姿は、誰の目にも明らかな標章・象徴なのだから。

公募する必要は、全く無かったと思う。
受賞者には悪いが、公募そのものにブレを感じた。
一貫してこのキャラクターをここまで推すのなら、
ブレないことこそが、キャラクターやその制作者に対する礼儀であり誠意だ。

キャラクターは、味つけに添加するようなものでは無い。
主張そのもの、主菜そのものである。
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