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2016.04.17 防災経験
いつかはまた起こってしまう、そう覚悟しながらも。
熊本を中心に、九州で地震が頻発する。
大津波被害が無いとはいえ、気の抜けない夜が続く。
東日本大震災とはまた違った恐ろしさがある。

これだけ大規模な揺れが続くことは、まさに脅威でしかない。
自然はいつも人智を超えて、無情。言葉が無い。
予知することなど決して出来ない、
諦めではなく、そう思うことこそが自然だ。

せめて今すぐ出来ることは、直後にあった混乱を避けるための情報提供。
① 個人が自治体の役所や避難所に物を送ってはいけない。
 その安全性・公平性が担保出来ないから。
 そんなことを言っている場合か、という思い込みが被災地を混乱させる。
② ボランティアと称して勝手に乗り込んではいけない。
着の身着のまま行ったはいいが、素性の知れない人に誰も物など頼まない。
しかも帰りのガソリンが無い、自分たちの食糧が無いで、被災者に配るべき食料を頂戴するような輩が実際にいた。
③ 被災地は自己表現の場ではない。
被災者を励ますと称して頼みもしない歌を歌う、飾り物を送る、それが神経を逆撫で、
処理に困ることまで想定しない人は不用。

汚れた古着を送り付けるとかいった、「お話にならない事実」を避ける以前に、
何かをしようと思ったら、行政が機能しているこの状況では勝手な活動をしないこと。
これに尽きる。

被災地に到達する道路は限られているのだし、
何もできない人が複数乗り合わせて行くよりも、
自衛隊・警察・救急消防・医療従事者、
ほか然るべき資格者・技術者・積載車が優先的に行くのがいいに決まっている。

東日本大震災では、被災地までの限られた道路に
乗り捨てられた車が散見された。
これはつまり、燃料が無くて途中で放棄された自家用車らしい。
熊本はそんな環境には無いと思うが、
それが緊急車両の通行を妨げたというから、手に負えない。

事態は日を追うごとに深刻さを増す。

被害を受けた方々の心中を察すると、
その平安を祈るより先に、目の前の実務的な解決が頭をよぎる。

防災は、経験が生かされなければ。
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