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2016.04.18 明日も我が身
「首都直下型地震」
このセンセーショナルな言葉を、度々耳にした。
そんな折も折、九州・熊本で大地震が起こった。
まさに寝耳に水のできごとだ。

土地勘のない在京メディアは当初、益城町と言う自治体に起きた
ごく突発的な、ごく一部の直下型地震のように報じた。
ところが、
政令市・熊本市のシンボリックな遺産「熊本城」の瓦や石垣が崩落するや、
やれ阿蘇山だ断層だ、南海トラフだと騒ぎだす。
揺れが九州全域に及んでは、無理も無い話だが。

この地震の映像を見たとき、
少なからず「遠い場所のできごと」だと感じた。
現実味がまるで無い。なぜなら、九州はあまりにも遠い。
そして、九州で大地震が起こったという話を聞いたことが無いから。
首都圏、まして九州の方々が東日本大震災の惨状を目にした時、
おそらくはこれと同じような感情を抱いたはずだ。

ところが九州でも、歴史を紐解けば大地震が起きている。
時が過ぎれば、どんなに後世へ事実を伝えようと努力したところで、
それを見聞きした人が事切れた時代には「記憶」も消えている。
哀しいかな、これは世の常。

新潟の中越地震もしかり、
被災地の範囲が広かったためか、当事者の地域であるためか、
東北の人間から見ると、随分「語られなくなった」ように見える。

あまりにも自然災害が多いので、
忘れられることによって「なりわい」を再生しているのが日本なのかも知れない。
「なかったこと」「ないもの」にしておかないと、
とてもこの国に安心して住むことなど出来ない。
そんなリスクを皆が平等に抱えているから、
その他の要素では安全安心を実現しておかないと…

将来、絶対に大地震が起こっていると分かっている東京で、
いま、関東大震災の悲惨さが目に見えるかと言うと、まるで解らない。
上京者は「遠いどこかの話」だと、思っている。

明日は我が身、天災は忘れたことにやってくるというが、
本当にその通りだと思う。

東北だって、1000年に一度の大地震だと自然が告げたわけではない。
2度も3度も起きていることは、また明日起きたって、おかしくはないのだから。

用心、怠らず。
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