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2007.05.26
張り紙
管理の行き届かない公共施設で、
いつも目を覆いたくなるのが無造作な「張り紙」である。
「○○センターはこの先」
「駐輪場はこちらです」
「××会場は2階」
それが、壁から窓から、それはもうやりたい放題に(笑)貼りまくり。
剥がした後のセロハンテープの中途半端に残ってるし、
壁が変色しているし、
最も酷いところになると、立て看板の上にポスターなんかを貼っていて、
そのそもの「立て看板の用途」を生かせていないことさえある。
こうなると、もはや貼る側の感性の問題としか言いようがない。
施設管理というのは、やはり徹底して専従の管理責任者がいても
その「感性」によるところが大きいのだな、と痛感する。
自然石をあしらった高級感のある壁に、
手作り感たっぷりの張り紙をすることが、
どれだけ品位を落とすのか、貼る側には全く分からないのだろう。
たとえばホテルにはそんな光景などあり得ない。
それは「イメージ」を第一に、しっかりとしたまともな感性が生きているからである。
もし仮に、「トイレの場所」のような恒久的な施設位置が分かりにくいのだとしたら、
それは設計の段階からのミスなのではないか。
しかもそれを発注した側の責任も重い。
何らかの「サイン」が必要ならば、それはパソコンで応急処置したような「張り紙」で処置すべき問題では無い。
伝えたい気持ちは分かるのだが、
とにかく一方的にベタベタと、ポスターやらチラシやらを貼り付ける感性は解せない。
それが景観を乱している事実に気づくべきではないのか、公共施設は。
いつも目を覆いたくなるのが無造作な「張り紙」である。
「○○センターはこの先」
「駐輪場はこちらです」
「××会場は2階」
それが、壁から窓から、それはもうやりたい放題に(笑)貼りまくり。
剥がした後のセロハンテープの中途半端に残ってるし、
壁が変色しているし、
最も酷いところになると、立て看板の上にポスターなんかを貼っていて、
そのそもの「立て看板の用途」を生かせていないことさえある。
こうなると、もはや貼る側の感性の問題としか言いようがない。
施設管理というのは、やはり徹底して専従の管理責任者がいても
その「感性」によるところが大きいのだな、と痛感する。
自然石をあしらった高級感のある壁に、
手作り感たっぷりの張り紙をすることが、
どれだけ品位を落とすのか、貼る側には全く分からないのだろう。
たとえばホテルにはそんな光景などあり得ない。
それは「イメージ」を第一に、しっかりとしたまともな感性が生きているからである。
もし仮に、「トイレの場所」のような恒久的な施設位置が分かりにくいのだとしたら、
それは設計の段階からのミスなのではないか。
しかもそれを発注した側の責任も重い。
何らかの「サイン」が必要ならば、それはパソコンで応急処置したような「張り紙」で処置すべき問題では無い。
伝えたい気持ちは分かるのだが、
とにかく一方的にベタベタと、ポスターやらチラシやらを貼り付ける感性は解せない。
それが景観を乱している事実に気づくべきではないのか、公共施設は。
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