「どんど晴れ」、どれだけの人が見ているのだろうか?

ご当地盛岡での反応を見聞きするに、随分と両極端だ。
「一度も見たことが無い」と、「毎回欠かさず見ている(但し録画で)」という人。
次長は後者なんだけど、以下、そのためにマニアックとも思える批評がある点については、ご容赦願いたい。

物語りも佳境に入ってきて、近頃の画面はもはや「朝ドラ」の光景ではない。
設定は昼ドラっぽいが、出演者は夜の金ドラ。

元グラビアアイドルとは思えないハマリ役・雛形あきこは「旅館の娘」で、普通に考えて女将の階段登る一番現実的なポジション。
ところが、その宿命をわかって嫁いだはずが、「家事に専念したい」と控えめな役どころに徹する。
外国帰りの敏腕ホテルウーマン・相沢紗世の存在感はもはや、夜10時の匂い。しかもホテルの支配人とは縁戚関係。
パワーゲームもちらつかせて、加賀美柾樹を略奪愛の方向へ。
まったく、これだけ朝ドラの似合わない朝ドラにスパイスを加えてくれる女優って凄い。
白石美帆が「一流料亭の娘」として出てくる段に到っては、
「氏より育ち」ならぬ「氏も育ちも避けられない運命」という
世襲社会・職業選択の固定化を三段構えで表層化している。
この三人がまとめて加賀美屋に嫁ぎ、「若女将3人のお宿」にしたら、これ以上のセールストークは無いように思うのだが、
そういってしまっては、このドラマが言わんとする「老舗の伝統と格式」をブチ壊してしまうか。
まずは、この三人の女性が醸す雰囲気から、目が離せない。(笑)

何しろ、盛岡の老舗旅館の御曹司「柾樹」が、はるか横浜でも同様、家業に近い高級ホテル勤務であるあたりからして、
逃れようの無い運命なのである。

主人公「夏美」だって、親がケーキ職人で、その道を志していたのである。しかも、娘の彼氏の勤め先(横浜のホテル)で活躍の過去アリ。
なんだ、このシガラミは!?

さらに柾樹の母が過労で死んだのは、母が「旅館の娘でなく一般家庭の娘だった」ことが殊更強調される。
一方、遠く仙台から嫁いだ女将があれだけ板ばさみでも死なないのは、女将が特に神経が図太いってこと?(笑)
ひょっとして、彼女も「旅館の娘」なのか?

不遇に曝されながら、息子を次期当主にしたいのに、女将は夏美には冷たくないのである。しかも大女将にも決して反抗しない。
(今週ぐらいから怪しいが・・・・)
こんな演技が出来るのは、宮本信子を置いて他に無いだろう。

さらに、妙にリアリティのある森昌子。
シガラミから一番遠い場所に居る彼女が、一番言いたい事を言える存在。
柾樹から見て、母、叔母、そして婚約候補者の母という
「3人の母」が、ねっとりと絡み合う・・・・。

旅館の御曹司の一人(次男)が厨房にいるってのも、
現場は相当やりづらいだろうが、そこはあんまり強調されない不思議。
次期当主になるのかならないのか分からない人の嫁候補、
という曖昧極まりない存在=夏美はむしろ、吹いて飛びそうだが、
やはりそこでも感情に正直なのは、権力と無縁の「3人の仲居」。

大女将と女将の対立=嫁姑戦争というのはありがちだが、ここに仲居頭が加わってタテ社会のひずみが生まれる。
大女将は夏美が好きで、女将は大女将と夏美が疎ましくて、
仲居頭は女将と結託するも、大女将までは手が届かないという構図。
ここでもまた、「3人の管理職」の存在感が光る。

いずれの場でも、「3人の女性」が複雑に交錯するのが、このドラマの「威容」だ。
柾樹の父親なんてハナから語る価値すら問われてないし、
加賀美家の父(社長)も息子(東幹久)も、実に頼りない。
これは朝倉家とて同じこと。
夏美の父親は妻に蹂躙されっぱなしだし、息子も口は達者だが結構ナイーブ。
南部鉄器職人は親方・弟子ともに夏美に振り回されっぱなし。
イーハトーブのマスターも、嫁に逃げられ娘本位。
ここまで女性上位のドラマって、他に無いんじゃないでしょうか・・・・。
おそらく、そこがこのドラマの醍醐味。

ストーリー以外については、「ナレーションが耳に障る」という方が結構多い。
このブログにもそういう方が多くお見えのようで。
あのドラマで使われている言葉の半分以上は、青森や山形のもので、「盛岡のアクセント」ではない。
ナレーションについても、基本に忠実なあまり、語気が強いのと語尾が長いのは正直、気になるところではある。
やはり、青森の人(ナレーションの木野花)が岩手の言葉を完全習得って言うのは、無理なんだろう。
かといって誰がいいんだと言われれば、人材難。
時折、夏美の台詞が盛岡のアクセントだったりすることにハラハラするのもご愛嬌。
(「まさきさん!」の「さ」が強いのは、沖縄のアクセントだろう)
市原悦子が柱の陰からのぞき見て、ナレーションするっていう設定が面白そうだが。(笑)

ただ、ご当地に暮らす人から見て違和感を感じるのは当然のこと。
「ど真ん中にある盛岡城が一回も出てこない」
「さんさ踊りはともかくチャグチャグ馬コが飛ばされてる」
(今年のポスターのキャッチフレーズは「どんと晴れた空のもと」と、ドラマに便乗していた)
「中津川橋より上ノ橋のほうが歴史も風情もある」
「わんこそばを紹介せずにいきなり蕎麦アレルギーですか」
「じゃじゃ麺よりも盛岡冷麺のほうが有名」
など、各方面のごく個人的意見は枚挙に暇が無い。
次長にもあえて言わせてもらえば、
「盛岡に必ず居る『古代型染バッグを持ったおばちゃん』が不在」
ってことだろうか。

ただそれでも、イメージを伝えると言う意味では、上出来だろう。
むしろ、「南部鉄瓶の大茶会」だの、「老舗」だの、ご当地外の人が期待している「ご当地像」が見えただけでもよし、これを教訓としなければならないはず。

こんな文章を見ると、実際のドラマを検証したくなりませんか?
なんだかんだと言いながら、「ご当地」に居て、東京人が想像する架空の盛岡を見ると言うのは、なかなか面白い。
Secret

TrackBackURL
→http://byefornow.blog42.fc2.com/tb.php/104-9c9421f3