「パッチギ! LOVE&PEACE」「大日本人」を鑑賞する。
いずれも注目作ではあるが、そのタイトルからして明らかに対照的。

前作たる「パッチギ!」を観ていないので、
その続編という感覚ゼロという前提。
「嫌日映画」という評価もあるようだが、そのあたりからだろうか、
「パッチギ=頭突き」という説明がなされているのは。
よく調べると、この語には「突き抜ける・飛び越える」といった意味が含まれているようである。

やんわりと包み込んだ表現がなくて、
普段我々がいかに「婉曲表現」「禁止語」に囲まれているのかが分かる。
そういう見方からすれば、目の覚めるような映画だ。
およそ、新聞やテレビでは触れることの出来ないタブーに直接触れているのは、気づいた人だけが感じられる「熱」だろう。

舞台となる今から30年ほど前であれば、
当然のようにあった差別問題や対立構造が、目に見えたであろう形そのままに映像化されている。
ここにあるのは、「継承されてゆく思い」なのか。

ここに、藤井隆演じる「岩手県出身の青年」がいる。
彼は貧困で不遇なバックボーンを抱えながら、
それでも素直さを保ち、正義感ゆえに国鉄職員の職を解かれる。
彼の演技にここでも「正調岩手方言」を要求するべくも無いが、
「差別意識のなさ」と「歴史認識の低さ」では、
井筒監督は忠実な岩手県人像を描いている。
主人公一家と半ば同居し、海水浴へ出かける場面で登場する台詞では、
朝鮮半島出身者が岩手の鉱山で労役を課せられた事実を、その青年は知らない。

朝鮮半島も日本も、それなりに変化を続けていて、
韓流ドラマが台頭し、岩手県にあれだけ訛っている青年が皆無な状況をみるだけでも、
時の流れの速さというのは恐ろしいものだとさえ感じる。
その一方で、「変わらないもの」は「継承されてゆくもの」ではないのか。

一方、「大日本人」である。
前評判がいいと聞いてはいたが、これをカンヌで人々が賞賛したと言うのは怪しい。
おそらく、それ自体がどこかの宣伝文句を茶化したものではないのだろうか。
何しろ、日本の社会的背景や、何より監督のプロデュースしたステージを知らない人にとっては、事前知識なしに笑えない内容である。

防衛庁の命令で出動する「大日本人」は、
なんと国家組織に動かされる「伝統保持の一族」である。
しかも「自衛隊の方が効率的」と世論に叩かれ、
これに抗する台詞は「伝統と言うものをどう考えているのか」だ。

無くてもいいと自ら否定する「儀式」を執行し、
何でも電気を多用する日本らしく「電流」を以って変身する。
しかも、効率性を問われても非効率な役所「電変場」で。

介護問題や北朝鮮・米国との関係を散りばめながら、
それでも前半は非常に退屈で、後半は投げやりにも見える収拾策。
おそらくは、これが松本人志流なのだろうが。

ここでも描かれているのが、「継承されてゆくもの」なのである。
介護していたつもりのお祖父さんが、突然現役宣言したりする妙。
「娘にこんな仕事は継がせられない」と伝統との葛藤。
実は核心を突いた内容なのだが、万人にお勧めできる内容かといえば、やはり甚だ疑問。

あの映画が面白いとかつまらないとか、迂闊には言えないものです。
だって、見るポイントが違うんだからさ。
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