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2008.01.31
ずっと変わらないはずのもの
新聞報道によると、
中三盛岡店、盛岡バスセンターに建替え構想があるのだそうだ。
いずれも盛岡を代表する古建築(?)。
前者はかつての川徳で、デパートがデパートに建物を売った珍しい例。
後者は外壁のロゴレタリングもハイカラな、昭和の香り漂うバスの停車場。
詳細未定とのことながら、
特に前者は「20階建」相当の高層マンションが想定されているという。
盛岡市民におなじみなところで言えば、「マリオス」と同程度か。
都会の基準で言えばなんてことはないが、
盛岡でのインパクトは大きいだろう。
何しろ、「ずっと変わらないはずのもの」が変わるというトピックが大きい。
街中も廃れてきて、郊外型店舗がここ盛岡にも
全国のオオトリを努めるカタチでやってきて、と思ったら、
なかなかどうして、街中も意外に元気じゃないの、という印象を持った筋も多いはずだ。
いわゆる「河南地区」でのマンション建設が喧しい。
盛岡の古きよき風情を保ってきたはずの地域での宅地開発は、
「中心市街地振興策」という錦の御旗に守られて
今ではすっかり歓迎される立場にある。
しかし、少し前まで「マンション」と言えば、
日照権や風致の問題で敵外視されていたことは事実だ。
古くからの低層建築が連なる地域に、突如にょきにょきと筍のごとく
マンションが立ち並ぶ様は、やっぱり違和感を残す。
しかしそれも時代の要請なのだが、暗黙のうちに守られてきた景観が
実は「ずっと変わらないはずのもの」の範疇を超えていることに気づくとき、
これを制約するのが「建築主の感性」に委ねられることを恐ろしくも思う。
例えば、北上川や中津川の両岸に、突如視野を遮る色や形、文字が生まれ来る。
そういう「想定」が無いために、面食らうのも事実だ。
ここに例えば、広島市のように「緑地帯」があるとまた別なのだが、
建物と河川との間に「緩衝地帯」が無い場合は、
その驚きが如実に感じられる。
建物の存在感も、ときに偉大だ。
例えばレンガ造りの「岩手銀行中ノ橋支店(旧本店)」
これが中津川沿いにあることがどれだけいい印象を与えるかは、
「もしもこれがなかったら」と想定するだけで理解できる。
これが無かったら、川沿いの風景は結構ひどいもんである。
また、盛岡駅前東側の3棟の大和ハウスの高層マンションは
高さといい距離感といい、周囲の街灯や道路と相まって、
決して違和感無く溶け込んでいる。
プロの仕事とは、こういうものなのだろう。
街の風景は、いずれにせよ変わる宿命を背負っている。
この場でバス発着の拠点であることを望まれ続けた「バスセンター」が、
今後もこの場でその機能を果たし続けるのか否か。
県外進出を果たした地方資本として、イオンと共生する百貨店として、
商店街のコアとして機能する「中三」がマチナカでどう店を展開するのか。
変わらないはずだった「河南地区」のさなかで、
興味の尽きない話題である。
中三盛岡店、盛岡バスセンターに建替え構想があるのだそうだ。
いずれも盛岡を代表する古建築(?)。
前者はかつての川徳で、デパートがデパートに建物を売った珍しい例。
後者は外壁のロゴレタリングもハイカラな、昭和の香り漂うバスの停車場。
詳細未定とのことながら、
特に前者は「20階建」相当の高層マンションが想定されているという。
盛岡市民におなじみなところで言えば、「マリオス」と同程度か。
都会の基準で言えばなんてことはないが、
盛岡でのインパクトは大きいだろう。
何しろ、「ずっと変わらないはずのもの」が変わるというトピックが大きい。
街中も廃れてきて、郊外型店舗がここ盛岡にも
全国のオオトリを努めるカタチでやってきて、と思ったら、
なかなかどうして、街中も意外に元気じゃないの、という印象を持った筋も多いはずだ。
いわゆる「河南地区」でのマンション建設が喧しい。
盛岡の古きよき風情を保ってきたはずの地域での宅地開発は、
「中心市街地振興策」という錦の御旗に守られて
今ではすっかり歓迎される立場にある。
しかし、少し前まで「マンション」と言えば、
日照権や風致の問題で敵外視されていたことは事実だ。
古くからの低層建築が連なる地域に、突如にょきにょきと筍のごとく
マンションが立ち並ぶ様は、やっぱり違和感を残す。
しかしそれも時代の要請なのだが、暗黙のうちに守られてきた景観が
実は「ずっと変わらないはずのもの」の範疇を超えていることに気づくとき、
これを制約するのが「建築主の感性」に委ねられることを恐ろしくも思う。
例えば、北上川や中津川の両岸に、突如視野を遮る色や形、文字が生まれ来る。
そういう「想定」が無いために、面食らうのも事実だ。
ここに例えば、広島市のように「緑地帯」があるとまた別なのだが、
建物と河川との間に「緩衝地帯」が無い場合は、
その驚きが如実に感じられる。
建物の存在感も、ときに偉大だ。
例えばレンガ造りの「岩手銀行中ノ橋支店(旧本店)」
これが中津川沿いにあることがどれだけいい印象を与えるかは、
「もしもこれがなかったら」と想定するだけで理解できる。
これが無かったら、川沿いの風景は結構ひどいもんである。
また、盛岡駅前東側の3棟の大和ハウスの高層マンションは
高さといい距離感といい、周囲の街灯や道路と相まって、
決して違和感無く溶け込んでいる。
プロの仕事とは、こういうものなのだろう。
街の風景は、いずれにせよ変わる宿命を背負っている。
この場でバス発着の拠点であることを望まれ続けた「バスセンター」が、
今後もこの場でその機能を果たし続けるのか否か。
県外進出を果たした地方資本として、イオンと共生する百貨店として、
商店街のコアとして機能する「中三」がマチナカでどう店を展開するのか。
変わらないはずだった「河南地区」のさなかで、
興味の尽きない話題である。
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