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2008.06.07
工場萌え
「工場燃え」ではない。
だって、燃えたら困るでしょ。
横浜では最近、一風変わったツアーが開催されていると聞く。
いわゆる「京浜工業地帯」の工場夜景を、
海上からクルーザーで眺める、という趣味人の集いである。
参加料は6000円前後で、約1時間の行程。
全く興味のない人にとっては、
「大気汚染の元凶眺めに金払うなんて酔狂な」と断罪されかねない企画ではある。
しかし、ここにあるのは「萌え」という近代的な美意識である。
そもそも「燃え」という「発情」の隠語、誤変換から来ているというが、
「芽生える」の意味の元来の「萌え」とも少なからずリンクしており、
世間が常識的に美と認めない特定のものに、
春の訪れにも似た密やかな喜びを見出すところに、
萌えの萌えたる所以があるだろう。
アニメーションが描く近未来の描写にも似た無機的なメタルと、
絶え間なく燃え続ける石油精製工場の原初的な炎。
快適な都市生活を支え続ける営みに「構造美」を見出す価値観は、
美の奥ゆかしさを物語る一つの好例。
美意識を文章で説明する難しさはあるものの、
「人智の結晶」が集約された「人工美」への憧れ、と
解釈するのが一つの方法だろうか。
この感性を共有しよう、という動きが生まれるのが都会ならでは。
「美」に対する議論の展開する余地が広い・・・。
「工場萌え」の心には、
無駄をそいだ、洗練された機能美という意識があるのだと思う。
色をつけるでもなく、何かをアピールするのでもなく、
ひたすらに目的を遂げる美しさ。
美意識の中では、侘び寂び級です・・・。
とかく「美意識」のズレを検証する機会なんて日常ほとんど無いわけですが、
同じ風景を見て、「美を感じる人・感じない人」がこれだけ居るのかと思うと、
「目に見えない感性・感覚の違い」って、結構重要だと思う。
感じない人は一切感じないらしく、驚かされる。
次長、町なかを歩いても、気づくことが多い。
ビルの陰の湿った、誰も座りたくない場所に置かれたベンチ。
パーテーションだけで済むのに、「立入禁止」とあちこちに書き殴られた空き地。
度重なる車の入場で、茶色く地肌の見える川原。
キレイにタイル舗装された歩道が、道路工事で剥がされていた。
工事後に通りかかったら、そのタイルがなかったのか、
いびつに穴埋めするかのように、アスファルトが詰め込まれていた。
仮処置かと思えば、ずっとそのまんま。
タイル舗装した意味がないのである。
手抜き工事以外の何物でもないと思うが、これは「美しくない」のでは?
公共施設の壁に、
ガムテープをベタベタと張って注意書きが書いてある。
しかも手書きポップ。ただただ意思が伝わればいいという感覚だ。
剥がすとテープの粘着質が残って醜い。
ガラス面にもベタベタとポスターを貼りまくる。
ガラスにしているのは、開放的な雰囲気作りのため、
という建築家の思いは断ち切られている。
まともな管理者ならば、こんなことは許さない。
例えば「アイーナ」には、こんなポップは一切無い。
指定・提携駐車場で、
看板に提携先の会社のロゴマークを不適当に使った例。
似て非なるマークが並ぶのを見ると、
海外のバッタ物を見るような思い。
今どき、こんな看板つくる会社があるんですね・・・。
「工場萌え」な高い美意識を追求するには到らないにせよ、
こんな美意識がまかり通っているさなかでは、
何かしらのガイドラインや制約、お手本が必要なのだと思う。
「何を美しいと感じるか」
共通認識を得にくい問題ではあるけれど、
何かしらの確固たる基準は必要な時期に来ているんじゃないでしょうか?
だって、燃えたら困るでしょ。

横浜では最近、一風変わったツアーが開催されていると聞く。
いわゆる「京浜工業地帯」の工場夜景を、
海上からクルーザーで眺める、という趣味人の集いである。
参加料は6000円前後で、約1時間の行程。
全く興味のない人にとっては、
「大気汚染の元凶眺めに金払うなんて酔狂な」と断罪されかねない企画ではある。
しかし、ここにあるのは「萌え」という近代的な美意識である。
そもそも「燃え」という「発情」の隠語、誤変換から来ているというが、
「芽生える」の意味の元来の「萌え」とも少なからずリンクしており、
世間が常識的に美と認めない特定のものに、
春の訪れにも似た密やかな喜びを見出すところに、
萌えの萌えたる所以があるだろう。
アニメーションが描く近未来の描写にも似た無機的なメタルと、
絶え間なく燃え続ける石油精製工場の原初的な炎。
快適な都市生活を支え続ける営みに「構造美」を見出す価値観は、
美の奥ゆかしさを物語る一つの好例。
美意識を文章で説明する難しさはあるものの、
「人智の結晶」が集約された「人工美」への憧れ、と
解釈するのが一つの方法だろうか。
この感性を共有しよう、という動きが生まれるのが都会ならでは。
「美」に対する議論の展開する余地が広い・・・。
「工場萌え」の心には、
無駄をそいだ、洗練された機能美という意識があるのだと思う。
色をつけるでもなく、何かをアピールするのでもなく、
ひたすらに目的を遂げる美しさ。
美意識の中では、侘び寂び級です・・・。
とかく「美意識」のズレを検証する機会なんて日常ほとんど無いわけですが、
同じ風景を見て、「美を感じる人・感じない人」がこれだけ居るのかと思うと、
「目に見えない感性・感覚の違い」って、結構重要だと思う。
感じない人は一切感じないらしく、驚かされる。
次長、町なかを歩いても、気づくことが多い。
ビルの陰の湿った、誰も座りたくない場所に置かれたベンチ。
パーテーションだけで済むのに、「立入禁止」とあちこちに書き殴られた空き地。
度重なる車の入場で、茶色く地肌の見える川原。
キレイにタイル舗装された歩道が、道路工事で剥がされていた。
工事後に通りかかったら、そのタイルがなかったのか、
いびつに穴埋めするかのように、アスファルトが詰め込まれていた。
仮処置かと思えば、ずっとそのまんま。
タイル舗装した意味がないのである。
手抜き工事以外の何物でもないと思うが、これは「美しくない」のでは?
公共施設の壁に、
ガムテープをベタベタと張って注意書きが書いてある。
しかも手書きポップ。ただただ意思が伝わればいいという感覚だ。
剥がすとテープの粘着質が残って醜い。
ガラス面にもベタベタとポスターを貼りまくる。
ガラスにしているのは、開放的な雰囲気作りのため、
という建築家の思いは断ち切られている。
まともな管理者ならば、こんなことは許さない。
例えば「アイーナ」には、こんなポップは一切無い。
指定・提携駐車場で、
看板に提携先の会社のロゴマークを不適当に使った例。
似て非なるマークが並ぶのを見ると、
海外のバッタ物を見るような思い。
今どき、こんな看板つくる会社があるんですね・・・。
「工場萌え」な高い美意識を追求するには到らないにせよ、
こんな美意識がまかり通っているさなかでは、
何かしらのガイドラインや制約、お手本が必要なのだと思う。
「何を美しいと感じるか」
共通認識を得にくい問題ではあるけれど、
何かしらの確固たる基準は必要な時期に来ているんじゃないでしょうか?
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