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2008.06.14
晴れの日の雨
「チャグチャグ馬コの日には雨が降らない」というのが、
盛岡的定説である。
毎年6月15日、いわゆる「国指定無形民俗文化財」であるところの年中行事
「チャグチャグ馬コ」は、そもそも鬼越蒼前神社の「馬の祭」
馬産地であり、農耕馬を多く使った時代の名残で、
本来は、日頃の馬の労苦をねぎらう感謝の祭りだったそうだ。
「馬産地」とされた岩手の「らしさ」を物語る材料にも、よく用いられる。
現在のように観光化されたパレードが始まったのは、比較的新しいようで、
この晴れの日が「晴れ」となるのは、馬の神様のご利益、という見方も根強かった。
ところが今日、突然の雨である。
「今日は6月15日じゃないじゃないの」と言われそうだ。
そう、チャグチャグ馬コは、さらに踏み込んだ「観光向け」に、日程をずらしのだ。
6月15日に一番近い、土曜日に。
もっとも、観光向けだけではないだろう。
実際に馬を農耕に使っている人も居ない今、多くの人は勤め人となって
平日には休めないという人も多いはず。
これは、時代の趨勢と言うより他無い。
突然の雨に加えて、突然の地震。
「岩手・宮城内陸地震」と命名されたようだ。
これが現代でなければ、「神様の怒り」とでも捉えられないタイミング。
「日程をずらしたから雨に見舞われる=神様が怒っている」と、
実際に言う人に、何人か出会った。
非科学的といえばその通りだが、それだけ「馬」というものが
この町の人々のDNAには深く刷り込まれているということか。
これもまた、非科学的と笑わば笑え、だが。
馬といえば、岩手県が莫大な予算を投入して死守する祭り=岩手競馬であるが、
この岩手競馬が斜陽産業になったのは、
ちょうどこの「チャグチャグ馬コ」の日程変更の時期に重なる、という人もいる。
つまりは、馬の神様がお怒りになり、馬を通じて何かを訴えているのである。
重ねて言うが、いま次長は非科学的な話をしているのでそのつもりで。
本来、農耕馬と競走馬とでは馬種も方向性もちがうので、
馬産地の歴史を単純に競馬の歴史に重ね合わせることに無理はあるのだが、
何しろ「岩手競馬」は「生産地競馬」という位置づけから始まっているので、
馬への感謝を表す祭りとの関連性を指摘されれば、その通りである。
しかしながら、最近では水沢競馬場で
人気競走馬の名前にあやかって「トレジャー神社」を祀り、
馬の個人崇拝
を進めるなど、看過しがたい事態である。
まぁ、駒形神社という馬がらみの神社が正式に神事を行なったにせよ。
ところで震源地に近い奥州市水沢区、こちらの状況は大丈夫でしょうか。
「馬との深い関わり」を謳いながら、本来の「馬への感謝」の意が
薄れていることへの警告とも取れる、チャグチャグ馬コの雨。
昨年だっただろうか、テレビで「ウマッコ」でなく「ウマコ」と連呼されるを見て、
馬産地の歴史も遠くなりにけり・・・と思った。
またいつからだろうか?
「チャグチャグ馬コ」を「チャグ馬」と略す寒々しい風潮。
「馬に関する事柄」がただただ巧いように利用されて、
本来の精神とか念、思いといったものが理解されていない現状。
実際に祭りに携わっている方々だけが、大変な思いをして伝えているに留まっている。
地鳴りのなったそのとき、ウマッコたちは何を感じたのか?
生ける神様達を扱う人々の労苦こそが労われて然るべき今だが、
雨のみならず地震までもに見舞われるチャグチャグ馬コ、
ただならぬ事態である。
今はどうか知らないが、
岩手県知事以下、盛岡・滝沢・矢巾の3首長が行列に参加した
全国最大級の「馬の祭礼」、
岩手県競馬ほどでないにせよ、それ相当のサポートがあるんでしょうな。
かつての6月15日に定められたのにも、「田植えの最盛期とかち合うから」という
本来の趣旨に外れない日程変更があったそうだ。
土曜日に移動する実質的な根拠があったにせよ、
それにともなう周囲のサポートは、間違いなく岩手競馬には劣る。
国が認めた「記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財」
なのに、ですよ。
盛岡競馬場に、祈りや感謝の姿は見えない。
いや、見えないようになってしまったのか、新しい建物になってから。
岩手競馬という「祭り」について、改めて考えさせられる今日である。
そして世界遺産登録延期勧告にも揺れる奥州市。
いろんな揺れを暗示し、体現する今日の地震。
余震は相変わらず、続いています・・・・・。
盛岡的定説である。
毎年6月15日、いわゆる「国指定無形民俗文化財」であるところの年中行事
「チャグチャグ馬コ」は、そもそも鬼越蒼前神社の「馬の祭」
馬産地であり、農耕馬を多く使った時代の名残で、
本来は、日頃の馬の労苦をねぎらう感謝の祭りだったそうだ。
「馬産地」とされた岩手の「らしさ」を物語る材料にも、よく用いられる。
現在のように観光化されたパレードが始まったのは、比較的新しいようで、
この晴れの日が「晴れ」となるのは、馬の神様のご利益、という見方も根強かった。
ところが今日、突然の雨である。
「今日は6月15日じゃないじゃないの」と言われそうだ。
そう、チャグチャグ馬コは、さらに踏み込んだ「観光向け」に、日程をずらしのだ。
6月15日に一番近い、土曜日に。
もっとも、観光向けだけではないだろう。
実際に馬を農耕に使っている人も居ない今、多くの人は勤め人となって
平日には休めないという人も多いはず。
これは、時代の趨勢と言うより他無い。
突然の雨に加えて、突然の地震。
「岩手・宮城内陸地震」と命名されたようだ。
これが現代でなければ、「神様の怒り」とでも捉えられないタイミング。
「日程をずらしたから雨に見舞われる=神様が怒っている」と、
実際に言う人に、何人か出会った。
非科学的といえばその通りだが、それだけ「馬」というものが
この町の人々のDNAには深く刷り込まれているということか。
これもまた、非科学的と笑わば笑え、だが。
馬といえば、岩手県が莫大な予算を投入して死守する祭り=岩手競馬であるが、
この岩手競馬が斜陽産業になったのは、
ちょうどこの「チャグチャグ馬コ」の日程変更の時期に重なる、という人もいる。
つまりは、馬の神様がお怒りになり、馬を通じて何かを訴えているのである。
重ねて言うが、いま次長は非科学的な話をしているのでそのつもりで。

本来、農耕馬と競走馬とでは馬種も方向性もちがうので、
馬産地の歴史を単純に競馬の歴史に重ね合わせることに無理はあるのだが、
何しろ「岩手競馬」は「生産地競馬」という位置づけから始まっているので、
馬への感謝を表す祭りとの関連性を指摘されれば、その通りである。
しかしながら、最近では水沢競馬場で
人気競走馬の名前にあやかって「トレジャー神社」を祀り、
馬の個人崇拝
を進めるなど、看過しがたい事態である。
まぁ、駒形神社という馬がらみの神社が正式に神事を行なったにせよ。
ところで震源地に近い奥州市水沢区、こちらの状況は大丈夫でしょうか。
「馬との深い関わり」を謳いながら、本来の「馬への感謝」の意が
薄れていることへの警告とも取れる、チャグチャグ馬コの雨。
昨年だっただろうか、テレビで「ウマッコ」でなく「ウマコ」と連呼されるを見て、
馬産地の歴史も遠くなりにけり・・・と思った。
またいつからだろうか?
「チャグチャグ馬コ」を「チャグ馬」と略す寒々しい風潮。
「馬に関する事柄」がただただ巧いように利用されて、
本来の精神とか念、思いといったものが理解されていない現状。
実際に祭りに携わっている方々だけが、大変な思いをして伝えているに留まっている。
地鳴りのなったそのとき、ウマッコたちは何を感じたのか?
生ける神様達を扱う人々の労苦こそが労われて然るべき今だが、
雨のみならず地震までもに見舞われるチャグチャグ馬コ、
ただならぬ事態である。
今はどうか知らないが、
岩手県知事以下、盛岡・滝沢・矢巾の3首長が行列に参加した
全国最大級の「馬の祭礼」、
岩手県競馬ほどでないにせよ、それ相当のサポートがあるんでしょうな。
かつての6月15日に定められたのにも、「田植えの最盛期とかち合うから」という
本来の趣旨に外れない日程変更があったそうだ。
土曜日に移動する実質的な根拠があったにせよ、
それにともなう周囲のサポートは、間違いなく岩手競馬には劣る。
国が認めた「記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財」
なのに、ですよ。
盛岡競馬場に、祈りや感謝の姿は見えない。
いや、見えないようになってしまったのか、新しい建物になってから。
岩手競馬という「祭り」について、改めて考えさせられる今日である。
そして世界遺産登録延期勧告にも揺れる奥州市。
いろんな揺れを暗示し、体現する今日の地震。
余震は相変わらず、続いています・・・・・。
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