数ある反対を抑えて移転し、今やもぬけの殻となった「旧・岩手県立図書館」
よくぞ「まともな選択」をしたものだと、感心していた。

岩手県立図書館はかつて、盛岡市の官庁街に近い、岩手公園(盛岡城跡)の中にあった。
今、盛岡駅の傍に建てられた、「いわて県民情報交流センター」の中にある。

かつて、移転反対派は言った。
「図書館は、岩手公園のような静謐な環境に相応しい。盛岡駅の裏側に移転なんて・・・」
「長年私たちが慣れ親しんだ場所。今さら移転されても困る。」

これらの意見に対しても、賛否両論だと思う。

確かに「静かで自然環境に囲まれた場所」にあっておかしくない図書館。
しかし今どき、静かさと言うのはいかようにも作り上げられる建築技術がある。
何より、岩手公園にあって便利なのは盛岡のマチナカに住んでいる人だけの論理。
盛岡駅の傍にあれば、多くの県民により使い勝手が良くなる。
これは、本義的な県立施設の使命。
盛岡駅の西口が主要開発から遅れたのは時代の趨勢であって、
これを「駅裏」と呼ぶのは、全くの主観によるものである。

長くその場所にあって生まれた「愛着」は、最大限考慮しなければなるまい。
県立図書館を通じた思い出や、岩手公園を介した街の記憶など、
そこにあるものを全て剥ぎ取って移転と言う暴挙は、あってはならない。
しかし、ここで図書館を「内丸館」「駅西館」の2つに分散するという苦肉の策も、
合理性や利便性、経済性を追求すれば、選ぶべき道ではなかった。

結果として、岩手県立図書館は一括して盛岡駅西口へ移転した。
これは、「まともな選択」だったと思う。
二つの県立図書館が同じ町にあるなんて、どれだけ大都市でもありえない話だ。

岩手公園に失われた街の機能は、県でなく市が担うべきものである。
このフォローがどう為されたのか、知る由も無いのだが。

かつて同様に、「盛岡市営屋内プール」が移転するときにも、同様の議論が起きたという。
これをもって、「マチナカが不便になる」というのは
ごく一部の人たちだけの利益を誘導する言葉である。
盛岡市は、マチナカの人々の暮らしの利益だけを追求すべきではない。
より多くの市民にとって有益な方策が、求められるはずだ。
何しろ、納める税金は同じなのである。

話を戻そう。
「旧・岩手県立図書館」に、盛岡市の歴史文化施設(博物館?)ができる見込みだという。
遅きに失した感はあるが、それ自体は素晴らしいことだと思う。
何より問題なのは、
それを多くの市民が知らないということだが。


城下町を謳いながら、その痕跡を観光客にまざまざと見せ付ける要素すらなく、
「何となくいい雰囲気を感じてください」としかいいようのない、盛岡観光。
厳しい言い方をするようだが、観光で食べていくには、あまりにお粗末。
イコモスの委員に対して、「千年程前に思い巡らし壮麗な寺院を想像してください」と
跡形も無い平泉の田んぼをお見せするに等しい状況。

「何も無いのがいい」というのは自然環境を謳う観光地に許される麗句で、
ここまで街をブランド化しようと言う都市が、
盛岡の何を知れというのか。

どんな「歴史文化施設」を作ろうとしているのか、インターネットで見て初めて分かる。
興味のある人だけ見られる可能性があるよ!・・・という意思表示すらない。
確かに中身は素晴らしそうだが、随分と秘密主義な印象は否めない。

岩手県立図書館移転反対派をどう宥めたのか分からないが、
しばらく放置したこの建物をどう生かして「歴史文化施設」が出来るのかも、分からない。

岩手公園に「盛岡城跡公園」という奇妙奇天烈な愛称を付して、市民の猛反対を受けたように、
いきなり周辺の木々を切り倒したり、花壇を潰したりなんて愚行が行なわれないことを願う。
「市が市のものをどういじろうが市民には関係ない」
とでも思っているきらいが見えるのだが・・・全般的に。

一般市民には、岩手公園が国指定史跡たる「盛岡城跡」であるという史実よりも、
岩手公園で遊んだ思い出や、図書館に通った記憶が輝いていたりする。
その事実を受け止めることなく、封建遺風の復活を叫ぶような動向は、避けてもらいたい。

「歴史」と言えば思っ苦しいが、
今生きている大人が子ども時代をこの場所で遊んだ頃も、
石垣の修復に伴って桜の古木が大量に伐採された事実も、
しっかりとした「盛岡城跡の歴史」なんだと、認識して欲しいもの。

城に殿様がいる時代だけが歴史だと思ってるなら
大間違いですよ。

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