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2014.03.24 学歴神話
「他人の学歴を嬉々として話したがる男」がいる。
○○さんはどこそこの名門高校を出て、かの有名大学出で、○○部出身で活躍…
本人が言っていないのに、わざわざ訊いてきて伝えてくれる。
まるで、我が事のように、詳細に。

困ったことにそれは時折、似て非なる情報で、
「白百合女子大」が「大妻女子大」だったり、
「早稲田大」が「慶応義塾大」だったりする。
話題にするわけでもないので特段の支障は無いが、
彼はそういう背景を持った人という前提で付き合っているのだと思うと、
なんだか物悲しいものを感じてしまう。

彼はおそらく、なんとなく(世に言う)お嬢様大学とか、
(偏差値の高い)上位大学というイメージで話していて、
個人そのものには全く興味がなく、
それにまつわる「ファッションとしての学歴」にこそ高い価値を見出すのだろう。

学卒者ばかりの環境では、大学のイメージと個人を結び付けられやすい。
ただ、近頃は入学選抜方法も多様であり、専門性の高い職場でなければ、
学歴と資質との相関関係は計りにくいと思う。

ただ、「イメージ」というのは相当に根深い。
オシャレなキャンパスで臆することなく青春を謳歌するイメージ。
帰り際「ごきげんよう」と微笑みかわすノーブルなイメージ。
そんな刷り込みが、安易に人の印象を決めているとしたら…

いい大人が、他人の学歴を触れて回るというのは相当に異常だと思う。
周囲にも同じことを感じている人がいて、彼女はこう言った。
結局のところ、彼が言わんとしているのは
「自分もそういう大学に入りたかった」ということの裏返し。
「そこに行けばもっと恵まれた未来があったはずだ」という確信ですらある、と。

しかし彼は、「○○大学に行きたかった」とは絶対に言わない。
大学院に行きたかった、海外留学しておけば良かった、
(次長から見ればだが)さらに上のステージを望む。
現在進行形で、後悔は言葉に出続ける。
学歴社会の深刻さは、そういうところにある。

「学歴なんて関係ない」
かつて、この言葉が躍る時期があった。
しかし、現実は結構シビアだ。

昔は、大学によって就職試験の段階で学生を門前払いすることがあった。
つまり、エントリーそのものを受け付けないということ。
いま、そのあたりがどうなっているのかは詳しくない。

「どこの大学に行くかではなく、大学で何を勉強するかだ」
それは疑うべくもなく正論なのだが、
実際は、入学を決めた時点で、選択肢は相当絞られている。
世の中では「就活セミナー」が花盛りだが、
そのステージに立つ前提が、「選択可能性の広さを持った大学」の
学生に限られているのは明白。

「人気企業ランキング」上位に選ばれる会社に入れるのは、
全国広しといえども、多くは都内の、ごく限られた大学の学生でしかない。
しかもまた、彼らはまた名だたる有名高校や中学校を経ていて、
恵まれた環境の下、何不自由なくその世界だけで生きている。
就職にまつわる苦労など、むしろ知らない可能性すらある。
一方で大学生のほとんどは、そのギャップを埋めながら就活に勤しむ。
「人気企業ランキング」を集めたり編んだり報じたりしているのも、
おそらくは「選ばれた人たち」なんだろう。
だから、そのギャップには気づいていないような気もする。

「彼」が常々、就職活動で味わった屈辱を耳にしてきた。
地方の大学を出て、各地を飛び回って幾つもの企業面接を受けたこと。
その中で、耳を疑うような処遇に言葉を詰まらせたこと。
それは明らかに、「学歴差別」によるもので、ハラスメントでしかない内容だったが、
買い手市場では、彼は無言のまま、ただうつむき、耐えるしかなかった。
しかし今になって、今度は彼自身が学歴で人を見ている。
この問題の根深さは、途方もない。

次長自身も、同じような場面を目にしたことがある。
就職説明会でただ一人、特段の扱いを受けているのが明白な学生がいた。
やはりそれは、世間で言うところの「超名門大学」
そこで既に「入社した後の話」をしているのを聞いて、言葉を失った。
一番前の真ん中の席を設え、恭しくお迎えする担当者の笑顔は、今も忘れられない。
その企業、今はもう世の中に無いが。

改めて、「学歴」の重さを思う。
仕事ができても、認められていても、
優秀な彼を翻弄する、学歴と言う名の悪魔。
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