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「学生気分が抜けてない」
そんな言葉を浴びて、5月特有の病に蝕まれる新社会人も多い。

「今どきの学生は」「最近の若者は」と
大人はとかく世の中を分析したり、類型化したりしたがる。
いつの世もそれは「個々の資質」の前には何の説得力も無く、
全般的にこうであるはずだ、という身勝手な思い込みに苛まれている。

優秀な人もいればそうでない人もいる、それが真実。
その「優秀」がどこの誰にとってのものか、というのも「相性と縁」
だから、職場が本当に合わないと思ったら、さっさと辞めるのも手。
ただ、たった一か月で何が解るのかと言われれば、
きっと職場の一端をも垣間見ていないことは明らか。
行ける場所に見込みがある人は時を置かず辞めた方がいいが、
なんとかなる~と思って言う人に限って「一か月で辞めた理由」が
ずっと後を引くから、それを説明できないのなら辞めない方がいい。
そういう人たちを、何人も見てきた。

辞めるのが悪いのではない。
辞めて以後の指針を表明できない人に対して、
世の中は結構、想像以上に、冷たい。

ところで、大人が「学生気分」を非難するのは、
実のところ、「学生気分」が懐かしく羨ましいからである。

フラットな組織、自由な時間、そして若さ。
二度とは手に入れられないであろう気分を謳歌する若者が、
心底憎たらしいのである。

ただ、冷静に考えると、学生がどこまで野放図であるかと言えば、
それ相応に社会的な制限の下で生きていることに変わりはない。
大人ではないから、そういう扱いが受けられない。
それが最大の制約であることも、大人になると忘れてしまうのである。

ところで、近頃は学生を活動的で自由な存在として、
大人が社会で利用する場面が増えた。
と言うと語弊もある。社会に出る前に、社会との関わりを持つことは有益なこと。
ただ、それを糧に仕事に生かします、というタイプの人は、
哀しいかな、現実の壁にぶち当たることが多い。

当時、大人は「学生としての個人」に期待を寄せていたのであって、
それは、「大人になった個人」に寄せる期待とは別のものである。
況して、身内、同僚ともなれば全く話は別。
要するに、「大人でない個人=学生」はあくまでもお客さん。
お客さんに責任を預けたり、結果を問うたりはしないのだ。

だからこそ、大人は「一緒に仕事をしたい」と感じる人を選んで採用する。
消費者モニターやアドバイザーのような存在は、
あくまでも「学生であるうちにだけ求められている」のだが、
これを社会人になってやってしまうと、どうも歯車が外れていく。
この「当事者意識」を4月のうちに誰がどう教えられるか、が
いわゆる5月病対策なのかも・・・。

「今どきの若者」では、到底語りつくせるものではない。
ただ、一つだけ言えるのだとすれば、
個々人の短所を取り上げてその矯正に躍起になるのではなく、
その長所をこの場でどう生かす可能性があるのか、
当事者に伝えていくことだろう。
「上から目線」は、やっぱり良くない。

学生気分を恨めしく思って、
精神衛生上よろしくない状況に陥っているのは、
往年の新人さんばかりである。
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