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昔、高校の担任に言われたことを思い出す。
「平等に戦えるのは受験まで」
今考えても深い名言だと思うが、
受験が平等かどうかはいまだ疑問だし、
どこまでそれが生きてくるのかは、人それぞれだと思う。

卒業するまでは勉学を求められ、
卒業する段になって勉強だけじゃダメ、という現実を叩きつけられる。
プレゼンテーション、コミュニケーション、
あらゆる付帯能力が無いと、生かされない。
それは、受験勉強では育たない。

例えば女性の場合、
ある時期までは髪は染めるな、化粧はするな、が
ある時期から身だしなみを整えろ、清潔感を与えろ、となる。
言わなかったにしても、暗黙の圧力としてはある。
ただ、これが女性にだけ求められているというのも誤りで、
「人物本位の採用」「第一印象」だとかいう言葉でオブラートに包まれ、
適材を採用するための立派な根拠になる。
研究職ならいざ知らず、一般企業でやっていくのに
勉強だけ出来たという事実は何のセールストークにもならない。
世の中には、多才な人が大勢いるもので…

「立派な学校を出ているのになぜ」
最後まで就職先を見つけられなかった人への眼差しは、いまだ冷たい。
「余計な学歴」は、本人をさらに追い詰める。

だから、学歴は一つの要素でしか無いんだって…
こういう時、「学歴は関係ない」という言葉が、本当の意味を発揮する。

先生や親の言うことを素直に聞いて、
勉強だけは真面目にやってきたのに、
いざ就職が決まらないと本人が孤立する。
いや、親はこの期に及んで「せっかく立派な学校に入ったのに」と
就職内定先を貶すものらしい。

いい学校にはいって、いい勤め先を見つけた人は、
そうでない人と何がどう違うのだろうか。
華やかな経歴をまとって、王道を進んだ人も
あっという間に離職するのが当たり前の今。

本来採用すべき人を、
採用できてないってことじゃないかと思うけど。
Secret

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