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2015.04.10 カフェの有様
「喫茶店」と「カフェ」とでは、イメージするものが違う。

前者は昭和の純喫茶よろしく、
飴色に磨かれた古いテーブルと金で縁取られたカップのイメージ。
後者はイームズの椅子や深く沈むようなソファ、
そこに「ホットケーキ」ではなく「パンケーキ」が出てくるようなイメージ。

いずれ、「有意義な時を過ごす」という身近で極上の贅沢を実現する。
価値観の違いこそあれ、そこに場を置くという所作そのものが十分優雅。
この小さな地方都市にも、居心地の良い場が数多くあるし、
美味しいコーヒーや紅茶を求めた時、思いのほか選択肢がある。
訊けば、総務省の家計調査で見ると
盛岡市のコーヒー豆の自家消費量は全国トップクラスだという。
そういうこだわりの人がどこにいるのか、全く接点がないのも事実ではあるが。

「全国チェーンのカフェ」はまた、これらとは別のジャンルを形成しているように思える。
それが進出するかしないか、都会化の一つの指標とも言われる中、
「スタバは無いが砂場はある」で話題となった鳥取県。
ついにというか、ここにもスタバは進出した。
これがいいとか悪いとかではなく、
「話題となった」というのは結果、両社にとって良かったと思う。

かたや盛岡市は、「スタバが潰れる町」とかつて話題になったという。
家で飲むから潰れるのか、旧い喫茶店は潰れないのでこちらが根強いのか、
真偽は明らかではないが、こうした類のカフェで随分気になることがある。

近頃こうした店に求められているのは
「Wi-fi環境」であったり、「電源」であったりする。
つまり「飲む」「食べる」「過ごす」と同列もしくはそれより
「タブレットやノートPCを弄るための場」の機能が求められている。
店の側もそれを分かっているから、それなりの体裁を整えてくるが、
本来「カフェ」である場に、ひしめくように電子機器と対峙する人が並んでいる姿には、正直なところ「違和感」しかない。

何がおかしいかと言えば、皆が揃いも揃って申し合わせたように「Apple社製品」ユーザ。
まるでWindowsユーザはお呼びではないといった雰囲気。
彼らが何かしら同じ目的を持って情報共有しているのかと思えばそうではない。
それぞれが、ここに持ち寄った機器がリンゴマーク。
ここをオフィスのように我が物顔で占拠し、
カフェとしての目的を果たした後(=飲み物を空にした後)も
当たり前のようにその場に居座る。
言いにくいが、迷惑なことである。

飲み物を飲む、という目的を補完するため、
ネット環境を付加したに過ぎないのに。そう思う。
まるで逆転しているこの状況を、おかしいと感じるのは古い人間なんだろうか。

同じように、イオンあたりのフードコートで、
我が物顔でテキストやノートを開いている中高生たち。
イオンが公共施設と認識されているということか?

ここは図書館ではなく、あくまでも食べ物を頂く場所。
県立図書館では、飲食物を持ち込む事例が後を絶たず、
だいぶ前に禁止のお触れが出たとも聞いたが…

「わきまえる」という言葉が死語になる日も
そう遠くは無いような気がした。
Secret

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