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ネットは「炎上」の様相である。

ツイッターでは、一家言ある市民たちによって、
盛岡市が徹底的に非難されている。
「盛岡は、こんな程度の町ではない」と。

良くも悪くも「うるさ方」周辺が
凄まじいまでの勢いで「税金の無駄遣い」と怒り、その言葉は世界へと拡散。
ご丁寧に「まとめサイト」まで設けられ、きっと今も広がり続けている。

「『盛岡ブランド』ポスター事件」である。

盛岡市が、盛岡を紹介するポスターを100種つくり、
一万超の部数をもって掲示、人気投票を仰ぐこの企画。

種類の多さ、部数、デザイン、行政の手法、完成度、
怒りの矛先は実はそれぞれ微妙に違う。
折しも東京オリンピックのロゴマークの盗用疑惑報道も重なり、
写真を撮影者に無断で使用したとみられる案件も浮上し、
ついには市長公室なる部署からお詫びコメントが発表される。
何が問題だったのか知る由もないが、一部作品は公表を取り下げたという。

「盛岡市は何をやっているんだ」の、大合唱が巻き起きた。

終始、お粗末ではある。
好き嫌いかも知れないが、キャッチコピーが何となく古めかしく、
説明しすぎのきらいもあるし、内輪受けの心配さえある。
要求が高いのかも知れないが、
プロならもっと何とかなっただろうという作品も。ぼやけた写真もある。

市が自信をもって公表したのは解るが、少なくともあまり心に響かなかった。
もっとも、これをどのようなお値段と期間で仕上げたのかは、
制作者の反論を待つ他ない。
いや、むしろ納税者としては教えて欲しい。

とは言え、盛岡市役所の現場の担当者も気の毒だな、と思う。
ブランド推進と簡単に言うが、
その権限が、担当部署、担当者に果たしてどこまであったのか。
これは相当に大きな問題である。

無かったとすれば、一部署のPR予算として充てられた僅かなお金を
最大限インパクトをもって訴求しようとすれば、自ずとこうなる。
少なからず、同情の余地がある。

デザイナーも仮に廉価に請け負えば、やっぱりこうなるのだろう。
実際のところを知らないが。

ただ、問題の根源は
「市は何を盛岡ブランドと認識し、共通化しているのか」ということ。
「ブランドを貫く理念」は、全庁にわたって影響力を持たなければ意味をなさないし、
市政全般に貫かれているべきもの。
市民も勘違いしてしまいがちだが、観光客を大勢呼ぶためだけのものだけではない。
建設の場面では、盛岡のイメージを高めるため景観を損なわない整備を進めるだろうし、
学校では、盛岡の暮らしや文化を知る教育がなされている(と信じたい)
果たして、それは具現化されているのか。

そういう「イズム」が、見えない。
と言うより、「どう共感していいのか分からない」
思えば過去、ブランド推進の名の下に、
岩手公園は盛岡城跡公園なる愛称を附す旨、市の『下命』があったが、
これにより盛岡のブランド化がどう進んだのか。
検証の場面があったのか。

「一家言」に共通する反発は、
「市による市民へのブランドの一方的な押し付け」に向けられている。
盛岡に暮らして、そこでいいと思った感性が伝えられていない怒り。
少なくとも私たちの周りでは共通認識があるのに、
いったい何を見て生きているんですか、とでも言うところか。

その使命を帯びていながら、何ら共感を得られない感覚を
公にすることへの怒り。これに尽きるのかも知れない。

ブランドを推進するポジションにいて、
盛岡を伝え、選ぶ理由としてそれが相応しいのかどうかを
判断もできないのか!という途方もない深淵。

いや、担当者はきっと、専門家でも無ければ決定権者でもない。
これは市と言う組織全体が省みるべき根本的な課題。

「一家言ある人たち」にも一家言あるが、これはまた改めて。
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