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2007.01.20
テレビ
「言葉は生き物」と言う。
どんなに制御してみても、つかみ所の無い言葉は形を変えて、
時代に沿って使われ方も変わってゆく、と言う。
現代の言葉の変化のスピードは、かつて無いほどに加速度的だ。
が、一方であっという間に廃れて消えてゆくのも事実。
方言がブームだと言われたのもつい最近だが、今や話題にすらならない。
そんな移ろいの中で、いまだ勢力を持つのが「テレビ」である。
いくらネット全盛の今でも、好むと好まざるに関わらず、
一方的に情報を噴出してくれるテレビ。
ある程度の規制はあるんだろうが、どうにも解せない「言葉遣い」が最近多い。
例を挙げれば、
「全然大丈夫だって・・・」
「就活は・・・」
無論、それが一般的に使われている言葉、という前提であるのは分かるのだが、
送り手に「社会に影響を与えている自覚」があれば、是非とも改めてもらいたい表現だ。
「テレビで言っていたから間違いない」と信じている人がいまだ少なくない現状では、
そこに「本当を知らない人」への思わぬ教育効果が内在しているのだから。
「全然」の後には、否定形が繋がるのが本当。
ここに敢えて全然をつけなくともよい。
しかもアナウンサーが読むことに違和感を憶える。
さすがに本人には自覚があるんだろうが、
これはこう読まなければならない「お膳立て」がしてあるんだろうか。
だとすれば、重ねて気の毒。
「就活」を連呼する若いタレントに、次長は共感できない。
たとえ若者が、その言葉に親近感を覚えたとしても、
一生に何度もあるわけではない重要な「就職活動」を
百戦錬磨のベテラン風情で「就活」と軽んじて欲しくない。
テレビに大きな影響力がある今、
テレビが紹介するものは売れる。
さらにテレビ番組が「良い」と喧伝すれば、なお売れる。
例えば世間の関心の高い、健康番組で「納豆がいい」といわれれば、
一般大衆はそれに応じて素直に納豆を買い漁る。
そしてこの度、その内容が「嘘」だと判明した。
「需要に間に合いません」と小売業者は客に謝罪し、
流通業者と生産業者を巻き込んで、お詫び合戦。
その結果、「情報そのものが嘘でした」と謝罪されては、
世論を動かした責任は重い。
売れると思って身の丈以上に納豆を生産した業者と、
それを運ばなければならないと休日返上の流通業者と、
売れ続けることを確信して仕入れた小売業者に対して、謝罪はないのでしょうか?
もしここで納豆が売れなければ、
大変な損失をこうむる人々が、沢山いるわけです。
もっとも、近年話題の「消費期限切れの商品」を売るわけにはいかないのですから。(笑)
たかがテレビ、されどテレビ。
思惑と思想を「看板」というフィルターを通して
信用と信頼に変えてゆくテレビって、やっぱり脅威です。
どんなに制御してみても、つかみ所の無い言葉は形を変えて、
時代に沿って使われ方も変わってゆく、と言う。
現代の言葉の変化のスピードは、かつて無いほどに加速度的だ。
が、一方であっという間に廃れて消えてゆくのも事実。
方言がブームだと言われたのもつい最近だが、今や話題にすらならない。
そんな移ろいの中で、いまだ勢力を持つのが「テレビ」である。
いくらネット全盛の今でも、好むと好まざるに関わらず、
一方的に情報を噴出してくれるテレビ。
ある程度の規制はあるんだろうが、どうにも解せない「言葉遣い」が最近多い。
例を挙げれば、
「全然大丈夫だって・・・」
「就活は・・・」
無論、それが一般的に使われている言葉、という前提であるのは分かるのだが、
送り手に「社会に影響を与えている自覚」があれば、是非とも改めてもらいたい表現だ。
「テレビで言っていたから間違いない」と信じている人がいまだ少なくない現状では、
そこに「本当を知らない人」への思わぬ教育効果が内在しているのだから。
「全然」の後には、否定形が繋がるのが本当。
ここに敢えて全然をつけなくともよい。
しかもアナウンサーが読むことに違和感を憶える。
さすがに本人には自覚があるんだろうが、
これはこう読まなければならない「お膳立て」がしてあるんだろうか。
だとすれば、重ねて気の毒。
「就活」を連呼する若いタレントに、次長は共感できない。
たとえ若者が、その言葉に親近感を覚えたとしても、
一生に何度もあるわけではない重要な「就職活動」を
百戦錬磨のベテラン風情で「就活」と軽んじて欲しくない。
テレビに大きな影響力がある今、
テレビが紹介するものは売れる。
さらにテレビ番組が「良い」と喧伝すれば、なお売れる。
例えば世間の関心の高い、健康番組で「納豆がいい」といわれれば、
一般大衆はそれに応じて素直に納豆を買い漁る。
そしてこの度、その内容が「嘘」だと判明した。
「需要に間に合いません」と小売業者は客に謝罪し、
流通業者と生産業者を巻き込んで、お詫び合戦。
その結果、「情報そのものが嘘でした」と謝罪されては、
世論を動かした責任は重い。
売れると思って身の丈以上に納豆を生産した業者と、
それを運ばなければならないと休日返上の流通業者と、
売れ続けることを確信して仕入れた小売業者に対して、謝罪はないのでしょうか?
もしここで納豆が売れなければ、
大変な損失をこうむる人々が、沢山いるわけです。
もっとも、近年話題の「消費期限切れの商品」を売るわけにはいかないのですから。(笑)
たかがテレビ、されどテレビ。
思惑と思想を「看板」というフィルターを通して
信用と信頼に変えてゆくテレビって、やっぱり脅威です。
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