2007.01.21 若者の仕事
「企業より起業へ」

今日び、新たに会社を興す若者が脚光を浴びている。
一方で、正社員採用の手控えで「契約社員」「派遣社員」が増加、
昔なら「定職にも就かないで」とオトナたちに一蹴されるような状況が、
ごく当たり前のものとなっている。

一方で、契約や派遣がそんなに良くないかといえば、
当の本人は苦痛でも苦行でもなかったりするから、面白い。
むしろ、いつ駄目になるかもしれない一定の会社に縛られて、
サービス残業を当たり前にさせられて、
さらにその行為にお墨付きが得られるかも知れない危機から比べたら、
将来の保証が無いという一点についてさえ、
正社員と何ら変わらないのが実態だ。
しかも契約社員に限って言えば、大都市ほどその時給は高い。
地方の契約社員とは、全く別の雇用契約であるとさえ、言える。

むしろ、働いた分だけの給与を適正に支出して頂く、
という至極真っ当な権利を、派遣ならばエージェンシーを経由して
正当に主張できると言う点で、正社員よりも有利である。

正社員がそれを権利として主張したとき、
経営者から見た「義務」を履行していないと責められるのは、
想像に難くない。
義務を負わずに何が権利か、というのは常套句。
結局、正社員と言う選択が保証を伴う雇用形態だったのは、
いまや昔話でしかないと、次長は思う。

結果、いつでも後腐れなく辞められるのは、むしろ優位である。
ある者は転職し、ある者は起業し、ある者はステップアップを目指して海外へと旅立つのだ。
中央官庁などでは、国費で留学してそのまま辞めてしまう役人もいる。
それが後に日本で国のためになるのなら、それはそれでいいんじゃないかと次長は思うけど。

さて、若者が起業するとき、
そこに絶対的に欠けているのは、通常「資金力」である。
ところが世間には、その謎を追うことなく
「あの人は若くして起業家だ。立派だ。」と誉めそやす。
この場合、若者には二つあるのである。

一つは、株で儲けたデイトレーダー。
もっとも、デイトレードの道に入って敢えて起業するのは
「趣味・道楽」の領域でしかないのだが、
原資がが「IT株」だったりすると、理解は早い。
また、蒐集趣味が嵩じて店を開くパターンもある。

もう一つが、「親の資産」である。
厄介なことだが、若者の所得格差が広がっているのは、
その親の世代で既に「持てる者・持たざる者」の差が開いているのも一因である。
なんとなく都会へ出て遊びを覚えて、
なんとなく飽きたから田舎へ帰って、
なんとなく趣味の店を開きました、と言う場合、
資産家の令嬢・子息であることが少なくない。
銀行は、「なんとなく金を貸したり」はしないのである。

しかし、両者を比較して、
責められるのは前者であることが多い。
虚業でアブク銭を稼いで、訳の分からない商売に転じた、と非難される。
そういう人間は、「成り上がり」と責められる。
それが金融に対する学習の成果だとしても、
世間は「努力の結果」と認めるのに相当の時間を掛ける。

これは、十分な「格差問題」なのだ。
努力が認められる社会でなくなっているのは、
他でもなく社会全体が「格差容認社会」に向かっているからに他ならない。
能力の差を認めるべき、と言う意見がこれを肯定するが、
能力の差を評価する土壌の醸成が追いつかない。

「近頃の若者には、やる気が無い」と責める前に、
そういう「時代の気分」を作ってきた社会に思いを馳せるべきだろう。
実際、おしなべて「若者にやる気がない」とは思わない。
社会に対する関心が低いことを除けば。

社会に関心が低い若者が増えると言うことは、
格差社会に対する自覚が失われていると言うことでもある。
これは果たして、誰にとって都合のいい状況なのか。

「冨の固定化」が、新たな意識の階層化を生み出してゆく。
このことに、注意深くなければならないだろうねぇ。







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