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2007.02.25
東国原家
東国原(ひがしこくばる)とは、実にいい苗字だ。
独りよがりを承知で言えば、この文字から浮かぶのは、壮大な平原の風景。
しかも東から日が昇る、勢い盛んなイメージ。
しかも読み方が「仰々しい」
ヒガシコクバルヒデオさん、こんな立派な名前も、そうそう無い。
九州あたりでは、「村」をムラでなくソン、
「原」をハラでなくバルと読ませることが少なくない。
ただ九州以外では、少々エキゾチックに感じられる言葉である。
蛇足だが、今やほとんどの県民が歌えない「岩手県民歌」の歌詞にある「国原」は、
クニバラという読み方である。
そんなご当地・宮崎県知事の活躍ぶりが、盛んに報じられている。
何しろ注目度とユーモアのセンスでは群を抜くから、
他の知事さんたちが、彼以上に優れた業績を為しえていたとしても、
なかなか採り上げられない。
彼の名前自身が、それを後押ししている。
宮崎に限定的な苗字には宮崎の色が出ているし、
それに意識的な彼自身も、なかなかの策士だ。
「ひがしくにはら」と間違って読んでみせる側も、ユーモア人である。
彼はバイリンガルである。
東京でテレビに出れば、共通語を使い、
宮崎で県議会に出れば、努めて宮崎弁を駆使する。
この使い分けが、宮崎県の人々の心へ速やかに浸透しているのだ。
言葉というのは、武器であると思う。
詳しくは述べないが、昨年詐欺まがい商法が問題視・表面化され、
不法に出資を集めたとされた、とある情報通信系企業は、
東北地方での顧客獲得のために、社員の地元採用を行なっていた。
そこで条件に挙げられていたのは、「地元の方言に巧みな人材」だった。
いきなり東京や大阪から「切り込み隊長」を送り込むより、
地元の事情に敏い人間を使うことが有利だと知ったのだろう。
何しろ「出自」を問うのが好きな地域性だから、
地元は地元民で間接統治したほうがいい、と判断したわけだ。
そこで採用された人々が今、どうなっているのか知る由も無いが、
とにかくお騒がせな話ではある。
苗字と言えば、岩手・盛岡のように
苗字で出身地域が推測できるというのも、地元民には当たり前で意識されることが無い。
及川と言えば一関の、千葉と言えば水沢の、菊池といえば遠野の出身だと緩やかに括られる「岩手の常識」
ここに岩手県民は、「安心感」さえ抱いている。
逆に言えば、地元の人間ではない人間への警戒心も、半端ではない。
次長はと言えば、
怪しい投機を持ちかける営業電話の主が、大抵「○○弁」なのを体得して、
そこには注意するようにしているわけだが。
独りよがりを承知で言えば、この文字から浮かぶのは、壮大な平原の風景。
しかも東から日が昇る、勢い盛んなイメージ。
しかも読み方が「仰々しい」
ヒガシコクバルヒデオさん、こんな立派な名前も、そうそう無い。
九州あたりでは、「村」をムラでなくソン、
「原」をハラでなくバルと読ませることが少なくない。
ただ九州以外では、少々エキゾチックに感じられる言葉である。
蛇足だが、今やほとんどの県民が歌えない「岩手県民歌」の歌詞にある「国原」は、
クニバラという読み方である。
そんなご当地・宮崎県知事の活躍ぶりが、盛んに報じられている。
何しろ注目度とユーモアのセンスでは群を抜くから、
他の知事さんたちが、彼以上に優れた業績を為しえていたとしても、
なかなか採り上げられない。
彼の名前自身が、それを後押ししている。
宮崎に限定的な苗字には宮崎の色が出ているし、
それに意識的な彼自身も、なかなかの策士だ。
「ひがしくにはら」と間違って読んでみせる側も、ユーモア人である。
彼はバイリンガルである。
東京でテレビに出れば、共通語を使い、
宮崎で県議会に出れば、努めて宮崎弁を駆使する。
この使い分けが、宮崎県の人々の心へ速やかに浸透しているのだ。
言葉というのは、武器であると思う。
詳しくは述べないが、昨年詐欺まがい商法が問題視・表面化され、
不法に出資を集めたとされた、とある情報通信系企業は、
東北地方での顧客獲得のために、社員の地元採用を行なっていた。
そこで条件に挙げられていたのは、「地元の方言に巧みな人材」だった。
いきなり東京や大阪から「切り込み隊長」を送り込むより、
地元の事情に敏い人間を使うことが有利だと知ったのだろう。
何しろ「出自」を問うのが好きな地域性だから、
地元は地元民で間接統治したほうがいい、と判断したわけだ。
そこで採用された人々が今、どうなっているのか知る由も無いが、
とにかくお騒がせな話ではある。
苗字と言えば、岩手・盛岡のように
苗字で出身地域が推測できるというのも、地元民には当たり前で意識されることが無い。
及川と言えば一関の、千葉と言えば水沢の、菊池といえば遠野の出身だと緩やかに括られる「岩手の常識」
ここに岩手県民は、「安心感」さえ抱いている。
逆に言えば、地元の人間ではない人間への警戒心も、半端ではない。
次長はと言えば、
怪しい投機を持ちかける営業電話の主が、大抵「○○弁」なのを体得して、
そこには注意するようにしているわけだが。
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